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第5話

ズビズビと汚い鼻水の音を立てて泣く秀一に、男性は綺麗なハンカチを差し出してくれた。 優しすぎる。弱った秀一には天使かと思えた。 「ずっ…ずみまぜっ…」 「いや、あの…何かあったんですか?」 「お、俺、なんか最近ついてなくて…っ!」 「はぁ…」 「傘パクられたりっ…さ、財布落としたり、鍵会社に忘れて夜通し外にいたり、クリーニングから返ってきたスーツに鳥の糞が降ってきたりッ!」 「うわぁ…」 「せ、接待で思いっきり吐いたし…!きっ…昨日は、恋人に振られッ…」 「マジか…」 「うっ…うううぅぅうっ…!」 日曜の朝から小洒落たカフェで大泣きする大の大人である秀一はどう見ても不審だ。にも関わらず、店員の男性はいつのまにか秀一の隣の椅子に腰掛けて頬杖をつきながら話を聞いてくれている。 若干顔が引きつっているように見えるのは、秀一本人ではなく秀一の不運に引いているのだと思いたい。 情けない声をあげて泣き続ける秀一に、まぁまぁどうぞ食べて飲んでくださいと気さくに背をさすってくれる。 細いけれど割と大きいしっかりした温かい手だ。それが妙な安心感を与えてくれて、秀一は益々声を上げて泣きながら残った半分のサンドイッチにかぶりついた。 少し冷めてしまったけれど十二分に美味しい。苦いコーヒーが苦手な秀一のためにわざわざ淹れ直してくれたラテも残りわずかとなった時、秀一は目を真っ赤に腫らしてようやく落ち着きを取り戻したのだった。 「すみません…」 そして後に残ったのはいたたまれない気持ちだけ。 秀一は元々猫背気味の背中を更に丸めて小さくなりながら、ちらりと店員を見た。店員の男性は頬杖をついたまま、秀一と目が合うとにこりと微笑む。華やかな美男子の眩しい微笑みに、秀一は益々いたたまれなくなり、男性から目をそらすように店内を見回した。 昨今に珍しい木造のレトロな作りだ。テーブルも椅子もカウンターも全てが木製で、奥に少しだけローテーブルとソファの席が用意されている。 何より目を引くのは、ソファ席の向こうに構える小さなステージと立派なオーディオ、そして大きなグランドピアノだ。

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