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第7話

秀一は困っていた。 日曜の朝9時、駅前路地裏。目の前には小さなカフェ。先週、ふらりと立ち寄って飲めないコーヒーを頼んだ挙句初対面の店員の前で号泣するという失態をやらかしたカフェだ。 しかも帰り際にまた来てもいいか聞くなんて、愚かにも程がある。例え迷惑に思ったとしても、店員なんだからダメだと言うはずがないのに。あんなの社交辞令以外の何物でもないだろう。 にも関わらず。 大好きな二度寝を堪えてまで、また来てしまった。 美味しいサンドイッチに、コーヒーが苦手な秀一にわざわざ淹れ直してくれた甘いカフェオレ。今も鼓膜に響くような、あの一瞬だけ聴いたピアノの音。そしてそれを奏でるあの店員の優しい笑顔。 「いやでも…幸運なんて別になかったしな…う〜〜〜ん…やっぱ帰ろうかな…」 今度は是非幸運な話を、と言ってくれたあの人に話せるような出来事など、特になかった。 先のような悲劇こそなかったが、いつも通り鈍臭く失敗して怒号を聞きながら連日残業に明け暮れた。何かいいことあったかと聞かれたら、考えて考えて考えぬいて、強いて言えば金曜日の出社時に電車で一駅だけ座れたことくらいだ。ハッキリ言ってショボい。 そうこうしてるうちに腹の虫が主張を始める。朝起きてから水一杯を飲んだきりだから、相当ご機嫌斜めだろう。 グッと視線を上げると、秀一は古びた金色のドアノブを握り、捻った。 と思った。 実際には中から誰かがドアノブを捻り、思いっきりそのドアを開けて、そしてそのドアは秀一の顔面を強打した。 「〜〜〜〜ッ!」 「す、すまん兄ちゃん!大丈夫か!?」 声にならない悲鳴を上げてしゃがみこむ秀一の耳に、高そうな革靴を履いた中年男性の焦った声が右から左へ流れて行く。 やっぱりついてない、と思いながらよろよろと立ち上がって大丈夫ですの意を込めてへらりと軽薄な笑みを浮かべると、男性の奥から誰かがひょいと顔を出した。 「あれ、この前の…」 色素の薄い髪と瞳、それに似合う華やかな顔。 名前も知らない、秀一が天使かとさえ思ったカフェの店員だった。

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