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第8話

笑顔で招き入れてくれた店員に誘導された席はこの前と同じ席だった。 店内にはちらほら他の客の姿が見える。身なりのいい壮年の男性や、小綺麗に着飾ったマダム。 安いTシャツに安いジーンズ、おまけにくたびれたスニーカーの年若い秀一は異質なようで、誰も気にしていないというのにそわそわと落ち着かない気分になった。 「今日もモーニングのご利用で?」 そこへメニュー表と水を持った店員が声をかけてくれて、秀一はビクッと大袈裟に肩を跳ねあげてしまった。 「あ、はい…えっと、今日はツナサンドを…」 「はい。お飲み物はカフェオレでよろしいですか?」 「えっ…いいんですか?」 「もちろん。」 少々お待ちくださいね、と笑顔でカウンターに戻って行く店員の後ろ姿に、ほうっと思わず溜息。 スマートだ。 あんな風にさりげなく素晴らしい気遣いが出来れば、先週別れを告げられた恋人に「デートがありきたりでつまらない」なんて言わせずに済んだかもしれない。 と、思って、その後の言葉も思い出してしまい、秀一はまたしてもがっくりと肩を落とした。 アッチがお粗末なんて、男として最大の不名誉だ。いくら秀一がゲイでも、タチ側である以上とんでもない不名誉であることに変わりはない。 確かに初めての時はモタモタしたが、数回目にはそれもマシになってきたと思っていたのに。もはやトラウマになりそうなレベルである。 はぁ、と今度は暗く重い溜息が溢れて、ちょっと泣きそうになった時。 コトリと小さな音を立てて目の前に美味しそうなツナサンドが現れた。 「また何か不運が?」 店員の整った顔が突然間近に現れて、秀一の涙は一瞬で引っ込んだ。 ツナサンドへのお礼のつもりの会釈はなんだか無意味にぺこぺこと頭を下げてしまって、店員は小さくクスッと笑った。 「どうぞ、こちらカフェオレになります。」 「あ…ありがとうございます。」 「で、今度は一体どんな不運が?」 「へっ!?」 思いもよらぬ質問に、秀一の間抜けな声が店内に響く。 見れば店員はちょっぴり悪戯な顔をしていた。とても綺麗で良い笑顔なのだが、背後に「さぁ早く話せよ」と言わんばかりのオーラを感じる。 この人もしかして結構いい性格してらっしゃるかもしれない、と秀一はズレてもいない眼鏡をかけ直した。

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