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第14話
自分で言うのもなんだが秀一自身自分は健気で一途なタイプだと思っていた。
実際元恋人には貴重な大学4年間を片想いという形で捧げたのだ。その間もちろん恋人はいなかったし、身体だけの関係なんて器用なことができるタイプでもなかった。
その結果、長い片想いの末に結ばれた彼に童貞を捧げ、アッチがお粗末なんて言われてしまったのだけど。
当分引きずるだろうと思っていたのに、まさかフラれた翌日に出会った青年に心奪われるなんて思いもしなかった。けれど奪われてしまったものは仕方ない。
寝ても覚めても耳に張り付く甘いトロイメライ。それを奏でる真剣な横顔。名前を教えてくれた時の花が綻ぶような可憐な笑顔。
これが恋ではなくなんだというのか。
「…まぁ、恋をするのはいいことよ。頑張りなさいな。シュウちゃんまだ若いんだから。」
「ゲイなんだから若いもクソもないっすよ…子ども作れるわけでもないし…くたびれた25よりダンディでスマートな50のがモテますよ…そもそも桜井さんはゲイじゃないと思うし…」
「あらそうなの?ノンケに恋するのは苦しいわねぇ…」
自分の性癖がマイノリティであることは重々承知している。パッと出会ったその人が同じゲイである可能性なんてコンマ以下だろうということも。
一生寂しい人生を送るのかもしれないと悩んだ時期もあったが、破局した彼と幸せな2年間を過ごした。相手は不満だったかもしれないが、秀一は確かに幸せだった。
それに万に一つ、桜井とどうこうなれたとして、キス以上のことが出来る気がしない。
お粗末と言われたあの日から、秀一は今後恋人を作る自信も意欲も失ったままだった。
カランとグラスと氷が響く。
氷が溶けて少しだけ薄くなったそれを、秀一はグイッと煽った。
「いいんです。ひっそり想ってるのは勝手ですから。」
常連さんの一人くらいに思ってもらえて、気兼ねなく会話ができるようになれたらいい。あのマダムのようにピアノの演奏を強請れるくらいに。そしてあわよくば時々聴かせて欲しい。
秀一は深いため息を吐くと財布を取り出して席を立った。
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