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第15話

「ありがとママ。また来ます。」 へらりと力無く笑った秀一は店を後にし、帰路のついでにカフェ『Träumerei』に立ち寄った。 時刻は深夜近い。当然店の電気は全て消えて、金色のドアノブに古びたclosedの看板がかかっている。 連休中、一度も来なかった。営業していたかも知らない。何度も来ようかと悩んだが、桜井の顔を見たら本格的に恋を自覚してしまいそうで踏み切れなかった。 恋人にフラれた翌日に出会った人に恋をしてしまうような惚れっぽい人間だと思いたくなかった。 「あれ、どうかしました?」 そこへ突如かかった声。 驚いて振り返ると、いつも一つに束ねている髪を下ろし、Tシャツにジーンズというラフな格好でコンビニの袋をぶら下げた桜井だった。 「…桜井さん…?」 「落し物とかしました?遺失物預かってないけどなぁ。」 言いながら尻ポケットに手を突っ込んで鍵を取り出した桜井の横顔は髪を下ろしているせいかラフな出で立ちのせいか、普段よりも少し幼く見える。隣に立った桜井の色素の薄い髪からふわりとシャンプーの香りがして、ドキッとした秀一は思わず一歩下がって距離を取った。 そんな秀一の様子に気付くはずもなく、桜井はガチャっと店のドアノブを回した。 「どうぞ、今電気つけます。」 「えっ!?あ、いや違っ…すいませんちょっと寄っただけで!」 「え、なんだビックリした。」 こんな時間に店の前に突っ立っている秀一はさぞかし不審に違いないのに、桜井は少しも疑う様子も嫌悪感を露わにすることもなかった。 ちょっと無防備なところが可愛いと感じつつ、男の秀一が同じ男の桜井に邪な想いを抱くとは考えもしないからだろうと思い直す。 それと同時に、やはり桜井に心惹かれている事実と、それなのに桜井の眼中には少しも入っていない事実が目の前に叩きつけられた。 「…すいません、俺気持ち悪いですよね。」 ノンケの桜井に恋をしたところで、不毛だ。気持ち悪いに違いない。 秀一が昔女の子に告白されて嫌悪感を感じたように。 改めて自分の性癖がマイノリティであることを突き付けられた秀一は、蚊の鳴くような声しか出せなかった。

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