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第21話
それに、恋人のフリって。
「フリって…桜井さん男じゃないですか。」
確かにスラっと細くて顔も綺麗だが、どう見ても男だ。声だって男性のものだ。
女性との交際を断ち切る理由に桜井を使うのは不自然だし、桜井だってほんの少しの間フリだけとはいえ同じ男と恋人同士なんて嫌に違いない。気持ち悪いだろう。
と、秀一が一人暗くなっていたとき。
「前の時は相手も男だったろ…女切るのに俺が行っても面倒臭いことになるに決まってる。」
一通りの仕事を終えて手が空いたらしい桜井がため息混じりにコツンと男の脳天を小突いて、秀一にはニコリと微笑んだ。
「えーそうだっけ?でも奏真の方が美人だし大丈夫だよ納得するよー。」
「それはそれで面倒臭い。」
「美人を否定しない奏ちゃん流石!!ねー俺もお腹空いた、グラタンがいいなー。」
「9000円前払いでーす。」
「桁間違ってんぞ!前払いとか初めて言われたぞおい!」
男の怒号を聞いているのかいないのか、桜井はヒラリと身を翻してカウンターの中に戻っていく。そして何かを準備しはじめたのだが、どうやら今この男から注文を受けたグラタンのようだった。
あんな風に邪険にしていても、優しい。秀一は胸の奥がじんわり温まった。
「今特定の奴がいないんなら俺とちょっとくらいイチャイチャしてくれたっていいじゃんかなぁ。ねぇお兄さんそう思わねぇ?」
グラタン作りに精を出す桜井の背中を見ながらほっこりしていた秀一は一気に現実に引き戻された気がしてズンと肩が重くなった。
なんなんだこの人さっきから、とジト目で睨みつけると、秀一はフォークの先で巨大化したままだったナポリタンを頬張った。自分の口がこんなに大きく開くなんて知らなかった。きっと今ハムスターみたいになっているに違いない。
「…ねぇ、お兄さんさ…」
そんな秀一に、男はそっと耳打ちしてきた。
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