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第30話

「すっ…………」 好きです。 と、勢いのままに口にしようとして、止まってしまった。 理由は簡単だった。 桜井の瞳がいきなりまくし立てた秀一の勢いに驚きと戸惑いと、悲しいことに僅かな怯えをチラつかせたのを見て、秀一の方が怯んでしまったのだ。 (俺のヘタレーーー!!) ちょっと泣きそうになりながらも、萎んでしまった勇気はもう出てこない。 今ここで勢いのままに告白してドン引きされたら今度こそもうここに来られないだろう。両手に抱えたこのいい匂いがする桜井の私物であろうタオルをオカズにしては罪悪感に殺されそうになるに違いない。それだけは絶対に嫌だ。惨めにもほどがある。想像するだけで吐きそうだ。どうしよう。どうしよう。どうしよう。 もはやパニックである。 かと言ってこんな中途半端に『桜井さん!す…』とだけ発音しておいてなんでもないですとは言えないし、まさかベタにすき焼き食べたいですだなんて言えるはずもない。 あまりの情けなさに涙が出そうな時。 「…良かった、もう来てくださらないかと思いました。」 クス、と小さく笑う声が、秀一のドツボにハマった意識を浮上させた。 ふわんと微笑む桜井はバックにダリアとかガーベラとかマリンゴールドとかそこら辺の可憐且つ華やかな花でも背負ってそうなほどの破壊力。 花に例えられる程花に詳しくなんかないけれど、とにかく秀一の動きを止めどん底に落ちそうだった思考を暗闇から救い出すには十分過ぎた。 「待ってますね。」 リンゴンリンゴン、再び天使達が鐘を鳴らす。 「あ、そうだ傘も貸すんで少し待って…え、勅使河原さん?ちょっ………あーあ行っちゃったよ。」 緩んだ頬で店を後にし、再び濡れ鼠になったのは言うまでもない。 秀一は借りてきたタオルを丁寧に畳んでネットに入れ、洗濯槽をしっかり掃除してから手洗いモードで洗った。

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