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第36話
コトンと置かれた丼。
もくもくと立つ湯気にふんわりと香る味噌が無いはずの食欲をそそり、秀一は腹が鳴るんじゃないかと一瞬ヒヤッとした。
「どうぞ。出汁取れそうなものがなかったのでちょっと薄いかもしれませんが…」
スーパーで食材を買ってきたとはいえ、あの空っぽの冷蔵庫とろくなものがない調味料でこんな美味しそうなものができるなんて。桜井さんって凄い。
秀一は感動で既に胸がいっぱいになりながら、心なしかツヤツヤ輝いて見える目の前の豚汁うどんに手を合わせた。
「いただきます!!」
「はい、熱いから気をつけてくださいね。」
「あっちぃ!!!」
「聞けよ。」
優しい微笑みを微塵も崩さないまま鋭いツッコミを入れる桜井に秀一はペコペコと頭を下げて軽い謝罪をして、ふぅふぅと息を吹きかけた。
まっすぐ立った湯気が吐息に煽られて揺れると、味噌のいい香りがより感じられる。
今度は恐る恐る汁を啜ると、体の芯にじんわりと染み入った。
「…美味い。」
「よかった。食べられるだけ召し上がってください。」
「美味い…」
壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返す秀一に、桜井はクスッと小さく笑った。
前に風邪を引いたのはいつだったかもう思い出せないが、少なくともこんなちゃんと栄養のある温かいご飯なんて出てこなかった。その時はそれを悲しいとも寂しいとも思わなかったが、いざこうしてみると作り手の、桜井の優しさが心に栄養を与えていくかのようで気力が湧いて来る。
秀一がうどんを平らげるまでの間、桜井も何も言葉を発さなかった。うどんをすする音だけが響く自分の部屋が、妙に居心地良く感じる。
秀一は桜井の作った豚汁うどんを汁一滴残さず平らげ、芯からポカポカになった身体は心なしか朝よりも軽くなった気がした。
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