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第37話

「すいません洗い物まで…」 「いえいえ、丼一つですし。」 「ほんと、すげぇ美味かったです…ありがとうございます。」 満たされた腹を摩りながら再びキッチンに立つ桜井に礼を言うと、桜井は手を止めずにこちらを振り返ってにこりと微笑んで無言の返事を返してくれた。 秀一はゲイであるから、同じ男である恋愛対象に家事スキルを求めない。夢見たことすらない。自分も出来ないし、出来なくて当然と思っているからだ。女性なら誰でも家事ができると思っているわけではもちろんないが、男性はやはり一般的に女性より家事に疎いだろう。 だがこうして好きな人が家庭的なことをしているのを見ると、やはり男心をくすぐられるというかなんというか。不躾にもジッと見つめては勝手に安心感を覚えてしまう。 「豚汁沢山作ったので、良かったら明日食べてください。うどんも2玉冷蔵庫に入ってるので。」 「もう…何から何まで…!」 感無量で涙が出そうになっている秀一を見て桜井は可笑しそうに笑い、部屋の隅に置かれた鞄を手にした。 あ、帰るんだ。 当たり前のことなのにそれを感じ取った瞬間、ぽっかりと心に穴が開いて空洞が出来る。うどんで温まった身体も、ちょっと冷めた気がした。 途端に怠さを感じ始めた身体に鞭打って腰を持ち上げようとすると、桜井がそれを片手で制した。 スマートだ。 「早く元気になってまた店にもいらしてくださいね。」 社交辞令だろうがなんだろうが、そんな風に言われたら明日にも全快して店に行きたくなる。仮に明日元気になっても仕事だけど。 へらりと締まりのない顔で返事をした秀一は、ふと望月を思い出した。 どうしよう、聞きたい。 聞きたいけど、聞き難い。 悶々と働かない頭で考えていると、桜井が身支度を終えて振り返る。その形のいい唇が僅かに開いて、言葉を乗せる前に秀一は口を開いた。

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