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第56話
充電満タンになったスマホをポケットに入れ、一枚のメモを握りしめて秀一はTräumereiの前にいた。
ニヤニヤが止まらない。誰もいないが、誰かが万一通っても絶対に見られないように下を向いて立っていた。
『18時半に店の前で。飯でも行こう。』
帰り際に渡された走り書きのメモ。
オープンから居座って迷惑だっただろうかと落ち込み気味だった秀一はこのメモ一枚で一気に舞い上がり、なんならスキップでもしたい気分で早く時間にならないかと待ち望んだ。
約束の時間には少し早いが、待ちきれなくてこうして待ちぼうけしている。初めてのデートだ、そわそわしないわけがない。
チラッと腕時計を確認すると、まだ10分前。
待つ時間さえ楽しいとまたにやけてしまって慌てて下を向くと、カランとベルの音がすると同時にガツンと脳天に衝撃を受けた。
「…ッ、〜〜〜ッ!」
「あ、ごめん…まだいないと思って…てかそんな近くに立ってると思わなくて…大丈夫?」
「だ、大丈夫…ッ!」
お陰でにやけ面が引っ込んだ。
とは言わずに、痛みから生理的に浮かんだ涙が形を潜めるのを待ってから秀一は桜井に向き直った。
髪を下ろして、ネイビーのシャツに細身のチノパンを履いた桜井はとても30手前に見えない。何度かスーパーやコンビニで会った時のようなラフな服装ともまた雰囲気が変わり、シャツとチノパンなのに妙に上品に見える。
改めて、美人だ。
不躾にジッと見つめてしまい、桜井が居心地悪そうにそっと視線を逸らして身動ぎした。
「ご、ごめん!」
「いや…なんか変だった?」
「全然ッ!いやその、桜井さんって綺麗だよなって…」
「は、え?」
「あああいやなんでもない!行こう!何食う!?」
ポロッと出てしまった本音を誤魔化そうと、桜井の手を握って強引に引っ張って歩き出す。
数年住んでいるが正直美味しいお店もお洒落なお店も知らないが、とにかく今の状況を脱しなければ。
「あの…」
「え?」
「手…」
「………っ!?」
そしてしっかりと繋いだ手を意識してしまって、真っ赤になってバッと離し、周りを見渡す。子猫1匹いなかった。
「ごめ、ごめん!ほんとごめん!」
「や、別に嫌じゃないけど…見られるのは嫌かな。」
ちょっと困ったように告げる桜井もまた、僅かに頬を染めていた。
ただただ、可愛い。
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