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第57話

「桜井さん何食べたい?」 「えー…ラーメン?」 「…カップ麺ばっか食べてるんじゃなかったっけ。」 「そうだった。今朝もカップ麺だわ。んー、秀一は?」 さらりと呼ばれた名前にドキッとして隣に立つ桜井を見たが、どことなく楽しそうではあるもののいつも通りだ。自分だけがドギマギさせられているようでなんだか悔しい。 「俺、は…この辺詳しくないから、なんかおススメあれば。」 「おススメって言われても俺も食いに行くのはラーメンくらい…あ、焼き鳥とか?すぐそこに昔からある美味い店あるよ。」 「あー、いいね焼き鳥。」 決まり、と笑った桜井は歩調を早めた。 ちょっとだけ、秀一よりも背が低い。髪はサラサラだけど、穏やかな風にも揺れているから細くて柔らかそう。長めの髪の隙間から覗くうなじは真っ白で、日焼けなんてしたことなさそうなくらいだ。 やがて桜井は一軒の小さな店の前で足を止めた。こう言っちゃなんだが外観はちょっと古くて小汚い。が、中からほわほわいい匂いがしてくる。食欲を唆る甘辛ダレの匂いだ。 隣を通り過ぎた桜井の滑らかな頬が、なんだか美味しそうに見えた。 (変態か俺は…!!!) 「ほらここ。タレが美味いよ。あー腹減った…」 「そういえば桜井さんって1人で店やってて昼飯どうしてるんですか?」 「昼は隙を見てパンとか適当に。腹減ったら飲み物で誤魔化したり。」 「どんな食生活だ…」 朝カップ麺、昼パン、間食代わりにコーヒー、夜も恐らくカップ麺。 望月の話によると、プラスビールと枝豆。なるほど確かに早死にしそう。弁当三昧の秀一の方がまだマシなような気がしてくるレベルだ。 店に一歩入ると焼き鳥のいい匂いが直撃し、急に空腹感が襲ってくる。仕事で飲みに行くことが多い秀一に焼き鳥自体は物珍しいものではないが、こんな風にこじんまりとした個人の店は初めての経験だ。 「とりあえず生と枝豆とお任せ10本盛りのタレと…秀一は?」 「俺はレモンサワーと…この季節の3種盛り気になる。」 「じゃそれで。あとは追加します。」 運ばれてきた焼き鳥はタレがつやつやと輝いていてヨダレものだ。2人ともレバーが苦手で押し付け合ったり、メニューを見ながら笑いあったり。 気が付いた時には、桜井がすっかり出来上がったあとだった。

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