59 / 163

第58話

ふんふんふん。 ご機嫌な鼻唄が夜の静けさに乗って聞こえてくる。妙に上手いが頭が揺れているのが非常に怖い。 大丈夫かな、と一歩後ろから見守っていると、案の定フラッとした拍子に縁石に足を取られて倒れかけ─ 「ちょっ…危ない!」 慌てて腕を取ると、ドサッと倒れ込んでくる。何が起こったかわかっていないらしい桜井は赤い顔をして秀一を見上げ、へらりと笑った。 「ありがとー。」 その顔が、また、なんとも。 (違うからッ!酒!顔が赤いのも酒!目が潤んでるのも酒!無防備なのも全部酒!!) 「ッてか!薄々思ってたけど桜井さん酒弱いでしょ!!」 「あは、バレたぁ。うん俺めっちゃ弱い。」 「なんでこんな酔っ払うまで飲んじゃうの!!危なっかしいなぁもう!!」 「ごめん〜〜〜…っと、」 言ってるそばからまたよろけて足を取られそうになっていて、秀一は慌ててまた腕を取って支えた。 うっかり酔ってる桜井を抱きしめてしまったあの日、放置されていた缶ビールはたった2本。かなり酔っていたように見えた。 もしかしたらその2本以外にも飲んでいたのかもと思っていたが、今日の様子から見るにあの2本で酩酊していたと確信した。 「もう外で飲まない方がいいよこれ!危ないよ!」 「剛みたいなこと言うなよ〜」 「剛?誰?あっ望月さんか!望月さんとなんかお持ち帰りされそうだからほんとやめて!!」 「ぶはッ!アイツ印象最悪だな!」 「そりゃそうでしょ!!」 こんな無防備にフラフラしている桜井なんて、望月みたいなタラシには格好の餌食だろう。そうでなくても魔が差しそうだ。なんなら同性愛者でなくても唆られてしまいそうだし、桜井ほどの美男子なら女性だって頑張ってしまうかもしれない。 危険だ。危険すぎる。 今だって腕を掴んで支えてやっと真っ直ぐ歩いている状態で、その気になれば簡単にホテルに連れ込めそうだった。 (これは、俺が責任を持ってちゃんと送り届けなければ…ッ!) だがそれをしないのが、秀一であった。

ともだちにシェアしよう!