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第62話
秀一はかつてないほどに集中していた。瞬きする間も惜しい。どうして俺の指はもっと早くタイピングが出来ないのか。
皆が遠巻きになるのも厭わず、瞬きを忘れた目を血走らせながら秀一はひたすらパソコンに向かう。
全ては定時で帰る為に。
今はただの友達だと聞いた。
あまり束縛するのもよくないとはわかっているが桜井と望月を二人にしたくないというのが本音だ。ましてや、弱っているときになんて。
いつも怒鳴られてばかりの秀一が物凄い勢いで正確に仕事をこなしていくのを見て、上司も「やればできるじゃないか!」と手放しで喜んでくれる。そしてご機嫌に一杯誘われたが丁重にお断りして、秀一は予定通り定時で会社を飛び出した。
(急げ俺…!!!)
望月と桜井が過去に付き合ってたとしても、今桜井と付き合っているのは自分だ。何かあったらと思うと気が気じゃない。文句言って一発殴れたら殴ってやる。
今なら弱小サッカー部のエースだった中学時代よりも早く走れているかもしれない。
ちょうど来た電車に駆け込み、秀一は就職してから初めて日が落ち切らないうちに最寄駅に帰ってきた。
目指すは自分の住むアパートではなく、駅前の大通りから少し外れた裏路地にある小洒落た古いカフェ。
言わずもがな、Träumereiだ。
ドアノブに手をかけて勢いのままに引くと、カランカランと軽快なベルが鳴るはずだったのだが。
「…って、開かねえ!!」
しかし、ドアは無情にもガチャンという重苦しい鍵の音を響かせて秀一を拒絶した。
当然だ、定休日なのだから。
秀一は舌打ちしたくなりながらスマホで桜井に通話をかける。流石にこの時間なら繋がるだろうと願望が混じった確信を持って耳に当てたスマホを握りしめること数秒。
通話が繋がる前に、カチリと目の前のドアの鍵が開く音がした。
「桜井さんッ!!無事!?」
鍵による抵抗を失ったドアを力任せに引き目一杯叫ぶと、目の前に現れたのは若干青い顔をしているものの思ったよりは体調の良さそうな桜井の姿。
秀一は桜井の姿を見るなり、望月への嫉妬と仕事の疲れとなにより安心が膨れ上がり勢いのままにガバッと抱きしめた。
「ああああ、すいません急にごめんなさい!!」
が、すぐに我に返ってベリっと引き剥がした。
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