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第63話

「…痛い。」 「ごめんなさいッ!」 がっしり両腕を掴んでいた桜井の静かな抵抗に、秀一は桜井を完全に解放した。 店内は静まり返って綺麗に片付いており、ピアノもしんとそこに佇んでいる。2階への階段の方から少しだけ明かりが漏れてきていたが、静かなものだった。 そう、言うなれば人の気配がしない。 「桜井さん、望月さんは?」 「剛?とっくに帰ったよ。」 まるで当然のように答える桜井は半歩下がって極々自然に秀一を店内に招き入れた。が、心の内に靄が残る秀一はそれに素直に応じることが出来ず躊躇してしまい、それが桜井に怪訝な顔をさせた。 「秀一?」 「桜井さん、具合悪い時いつも望月さんに頼るの?」 思いの外低い声が出る。 責めるような声色に、桜井の顔が益々険しくなった。心の何処かでダメだと思いつつ、溜まった靄が少しずつ漏れ出してしていくのを、秀一は確かに感じていた。 「そんな訳ないだろ。今日は元々ピアノの調律頼んでて…」 「自分のスマホ勝手に触られててなんとも思わない?」 「別に見られて困るもんもないし、あいつも変なとこ見たりしないし。」 「ふーん…凄い信頼。」 例えば俺とのLINEの履歴とか、見られてもいいんだろうか。俺はあんまり見られたくないけど。 そう言えたら良かったのに、黙り込んでしまう自分の性格がほとほと嫌になる。そんな秀一の葛藤が滲み出た表情に、桜井はひとつ溜息をついた。 「やけに突っかかるな?そんなに剛が気に入らない?剛は確かに軽いけどちゃんと…」 「そりゃ気に入らないでしょ!昔の男なんて!」 望月を擁護しようとした桜井に、秀一は遂に激昂した。 桜井の目が丸くなる。 「大学生のとき、付き合ってたんでしょ?望月さんから聞いたよ。今はただの友達だって言ったって、望月さんはきっと今でも…」 「待て、ちょい待った!」 「何!?」 捲し立てる秀一に、桜井は片手で頭を抱えながら制止をかけた。 それもまた望月を擁護するものなのかと思えて、より声高になる。もう聞きたくないとさえ思った秀一に、桜井は少し間を置いて問いかけた。

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