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第73話

10分だけ待ってて。 店仕舞いを終えた桜井はなぜかちょっとだけ引きつった笑顔で秀一にそう告げて2階へ消えた。時折2階からドッタンバッタン不穏な音が聞こえてくるのを不安に思いながらも大人しく待っていると、2階につながる階段からひょっこり桜井が顔を出す。何故だろう、さっきより疲れて見えるのは。 「お、お邪魔しまーす…」 ドキドキ。 秀一が胸を高鳴らせながらそっと2階に上がると、桜井がその背後から付いてきた。 2階に上がってすぐが、所謂リビングのようだ。 少し古びた木目調のダイニングテーブルには椅子が4脚。そのうち2つにはカーディガンがかかっていたり物が置いてあったり、普段は使われていないのがうかがえる。テーブルの上には郵便物やチラシが山を作っていた。その向こうには二人がけのソファとローテーブル。こちらには雑誌やCDが積み上がっている。窓際には何故かサボテンが花を咲かせていた。 思ったより普通の部屋だ。デーンと構える大きなテレビと、その両脇を固める大きなスピーカーを除けば。 「なに、このデカイスピーカー…」 「じーさんのだよ元々。これでよくオペラとかバレエとか見てた。飲む?」 「あ、うん。ありがとう。しかし、お店にあるオーディオもすげーと思ったのに…」 ビールを差し出してくれた桜井は先程のDVDをプレイヤーにセットしてテレビをつけている。まず映し出されたのは夕方のニュース番組だったが、男性キャスターの低めの声がズンと腹に響いた。無駄にいい声に聞こえる。なるほど音楽が好きな人はこういうところに金をかけるのか。たかがニュース番組が映画館で見る映画のようだ。 秀一が呆気にとられていると、お決まりの著作権に関するテロップが表示されてDVDが始まった。 桜井がそれを止めてメニュー画面を開くと、大きく表示されたタイトルの下に数人の名前が表示されている。その一番下に、「1位 桜井奏真」の名前を見つけた。 「1位…」 このコンクールがどの程度の規模のものなのか秀一は知らない。 けれど、1位を取るのが簡単なことではないことくらいはわかる。それを、「なんの曲を弾いたかわからない」なんて。もしかして頻繁にこういったコンクールに出場して、当たり前に上位の成績を収めていたのだろうか。 ひょっとして奏真くんってすごい人なんじゃ。 DVDが再生され、大きなピアノが佇む舞台の袖から華奢な明るい髪をした少年が堂々と姿を現した。

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