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第74話
日本人にしては明るい色素の薄い髪も瞳も、整った顔立ちも、変わらない。黒のフォーマルスーツに身を包んだ幼い桜井は、まっすぐにピアノに向かうと客席に向かって礼をした。控えめな拍手の中、テレビの中の桜井はピアノ椅子に腰掛ける。鍵盤をタオルでひと撫でして、深呼吸を1つ。
その瞬間、目の色が変わった。
静かだが、明るい曲だ。
まるで朝日のような、暖かで穏やかな旋律。たっぷりと歌う美しいメロディーを奏でる桜井本人は涼しい顔をしている。たくさんある鍵盤の上を細い手が行ったり来たり、途中でふっと影のある旋律を見せたり、素人目に見ても難しそうな曲だ。
曲は終盤に差し掛かったのか、激しさを増していく。それでも桜井は涼しい表情のまま、曲はフィナーレを迎えた。
時間にして、10分にも満たないほんの少しの時間。
最初は控えめだった拍手は割れんばかりの喝采に変わり、画面の中の桜井はホッとしたようなちょっと砕けた笑顔で客席を見渡してから礼をすると、舞台袖に戻っていった。
DVDは、そこで終わった。
出してもらったビール缶は手の中で温まっている。ビール缶を持っていたことすら忘れていた秀一は、ようやく手の力を抜いてプルタブを開けた。プシッと間抜けな音が響いた。
「…奏真くんって、凄いんだね…」
ボソッと呟いた拙い感想に、桜井の視線が秀一に向けられる。その顔が既にほんのり赤いことに気が付いた。
勉強なんか出来なくたって、こんな誰にでも出来る訳じゃない一芸があったらそれは凄いことだ。たとえ学校の成績が底辺でも、誰もが桜井を尊敬の眼差しで見るだろう。こんな風に一生懸命になれる何かがあって、その努力を認められている桜井を。
平々凡々な青春時代を過ごした秀一に、DVDの中の桜井は特別輝いて見えた。
「いや〜…見ていいよって出したはいいけどヘッタクソだな俺って思って今めっちゃ恥ずかしい。」
「ヘタクソ!?」
「しかも最後のドヤ顔な…頭ぶっ叩きたくなるなアレ。」
ケラケラ楽しそうに笑う桜井の顔は赤い。ビール一本でほろ酔いのようだ。
「つー訳で他のは没収〜〜〜」
「え!?ちょっ見たい!!」
「だぁめ!代わりになんか持ってくるから!」
数枚積み上がっていた秀一が借りて行くはずだったディスクを掻っ攫って立ち上がった桜井は、奥の部屋に向かおうとして、すぐにくるりと振り返った。
「…覗くなよ。」
パタン。
「………え?」
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