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第77話

「例えばこのホセみたいな…自分を見失う程の恋ってどう思う?」 ちょっと呂律は怪しいものの至極真面目なトーンの桜井はテレビ画面のエンドロールを見つめたままで、その真意は汲み取れない。 秀一は少しだけ考えた。 「俺、は…」 ほろ酔いとはいえ恋人本人を前に自分の恋愛観を語るのはなかなかに恥ずかしいものがある。が、恋愛観を共有するのが大事なのもわかる。 小さく深呼吸をして心を落ち着けると、秀一は重い口を開いた。 「そういうのは…ドラマの中だけでいいかな…もっと穏やかで優しい気持ちになれるものがいいなぁ。」 泣いたり苦しんだりの大恋愛もいいけれど、なんてことない平々凡々な恋愛を笑顔で楽しみたい。毎日が同じようなことの繰り返しでも、それすらも楽しいような恋がいい。 そう正に、今桜井と過ごすような毎日が秀一は好きだった。 朝おはようのLINEに始まり、1日を通してほんの数回やり取りするだけ。日によってはおはようとおやすみだけの時もあるし、それすらすぐにはお互い返信が出来ないことも多々ある。会えるのは週に一回、Träumereiで。 そんななんの変化もないささやかな恋愛でも楽しいと思える。それが嬉しい。 「…秀一の、」 「ん?」 「秀一のそういう、なんの面白みもないけどあったかいとこが好きだよ。」 頭を肩に預けたまま、ぽつりと呟く。 ちょっとだけ覗いた耳がほんのり赤い気がするのは酒のせいか照れのせいか秀一にはわからない。 なんせ自分が今言われたことにキャパオーバーを起こしているから。 (好き、って!好きって言われた!好きって!奏真くんが!!) もしかして初めてかもしれない。 秀一は火山の噴火よろしくボンっと顔から火を噴いた。胸の奥からキューッと嬉しい痛みが湧き上がって溢れそうだ。いや溢れている。顔のにやけが抑えきれない。片手で口元を覆ったけれど、にやけた口元は隠せても真っ赤な顔は隠せない。 ちらっと桜井をみやると、テレビに釘付けだったはずの桜井がこちらをジッと見上げていて、至近距離でばっちり視線があった。 「……ん.…」 少し潤んだ綺麗な薄い色の瞳に吸い寄せられるように、ふわんと柔らかいキスをした。

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