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桜井 奏真のとある一日
桜井 奏真の朝は早い。
4時半にアラームがけたたましく鳴り、布団の中でひとしきり唸ってからゴソゴソ這い出る。あちこちに遊びに出かけた髪の毛をぐしゃぐしゃ掻いてあくびを一つすると、洗面台に直行して先ずは寝癖直しと着替えから。身支度が整うとぼんやりしながら1階へ降りて行く。
数年前に腰を悪くして沖縄の別荘に隠居した祖父から引き継いだ小さなカフェはもはや職場というよりも生活スペースの一部だと思っている。奏真の1日は店のサイフォンで沸かしたコーヒーをブラックで飲まないと始まらない。そのコーヒーを飲みながらちらっとスマホを見ると、時刻は5時過ぎ。
慣れた手つきでLINEを開くと一番上に名前が出てくるのは秀一だ。昨日の夜、奏真がとっくに夢の中の時間に送られてきた『今帰ってきた。おやすみ。』という秀一からのメッセージが最後。それをちょっと微笑ましく眺めてから、おはようの挨拶を送ると、返事を待たずにスマホをロックしてコーヒーを飲み干した。
朝イチのブラックで頭が冴えると開店準備に取り掛かる。レジを開いてモーニングの下拵えと、ランチから提供するケーキも準備を始める。その合間にスーパーの安売りで買い込んだカップ麺を啜ってあっという間に7時の開店時間だ。
その頃になると秀一が起き出して、おはようと返信が来る。そのおはようのLINEを見られた日の奏真は、ちょっとだけ機嫌がいい。
「いらっしゃいませ、おはようございます。」
ちらほら訪れる常連のお客様には奏真がちょっとだけ機嫌がいいのはバレバレで、そんなちょっと機嫌のいい奏真を微笑ましく見守っている。祖父の代からTräumereiに通う年配のお客様にとっては、30前になっても未だに「マスターの孫のソーマ君」なのだ。
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