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燦々と輝く太陽が沈みじっとりと纏わりつく湿気もなりを潜めると、真夏に差し掛かった今でも大分過ごし易い。酒のおかげで僅かに火照る身体には、夜風が気持ちいいと感じるほどだった。
店を出ると望月はグーっと身体を伸ばし、振り返った。
「ま、楽しそうで何よりだよ。お前あの事故以来すっかり角が取れて丸くなったからさ、付き合いやすくはなったけどちょっと人が変わったみたいで心配してたんだわ。」
悪戯に笑う望月は、音楽の道から外れた奏真と変わらない関係を続けてくれる数少ない友人だ。邪険にしてはいるものの、奏真にとっては有難い存在で、実のところ頭が上がらないのは奏真の方。
助けられているのは奏真の方だ。
返答に困ってしまった奏真に望月は長い足で歩み寄ると指先で奏真の顎をクイッと持ち上げて、
「あたッ!」
「辛気臭ぇ顔すんな、似合わねぇ。」
バシッ!と、およそそれとは思えない音を立てたデコピンをかました。
奏真がヒリヒリと痛む額を摩りながら恨みがましく望月を見上げると、フッと不敵に微笑んで、くるりと背を向けた。
「あーあ、俺の10年越しの片想いがここに散った!」
「え?」
「俺もそろそろまた恋人作るかなぁ…今日はありがとな、また連絡する。秀一くんによろしくー!」
じゃあなー、といつもの軽い調子で手を振ると、望月はすぐに駅前の喧騒に消えた。
意味深な言葉を残して行った望月の、もう見えない後ろ姿を眺めるように奏真は少しだけその場に立ち尽くす。真剣なんだか冗談なんだかいつもわからない飄々とした友人は、きっと次会った時にはもう今日の話をしないだろう。
奏真は家に帰るために一歩踏み出す。
すると、ポケットの中のスマホが僅かに震えた。
『まだ起きてるかな?今日は早く終わったよ。今から帰る。明日またお店行くね。』
お腹が空きました、と少し前に巷で話題になったゆるキャラのスタンプが送られてくる。秀一の定番のスタンプだ。
毎日仕事帰りに律儀にLINEを送ってくれる疲れているだろう秀一の顔を思い浮かべながら奏真は少しだけ微笑んで、お疲れ様、と返信して帰路を急いだ。
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