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第78話
駅から歩いて数分、ちょっと奥まった場所にある昔からある小さなカフェTräumereiで、店主が店仕舞いを終えるのを待つ。静けさの中では食器の音が良く響いた。
もうすっかり日常の一部になった週に一回のTräumereiでの逢瀬は、閉店後に奏真と食事を共にするという新たな習慣が追加されていた。
奏真の疲労度と気紛れに寄るのだが、大抵は近所のスーパーに一緒に買い出しに行きTräumereiに戻ってきて奏真が作ってくれる。奏真は簡単で悪いなといつも苦笑するのだけど、秀一にとっては週に一回のご馳走だ。
2階にもキッチンはあるのに、奏真は使い慣れているからと言って折角片付けた店のキッチンで調理をする。秀一は奏真が調理場で夕飯の支度をしてくれているのを、カウンターの外からじーっと眺める。そして愛情というスパイスがめいっぱい効力を発揮した奏真の手料理─今日は豚丼だ─を堪能すると、またカウンターの外から奏真が後片付けをしているのを眺めるのだ。
「…奏真くん。」
「んー?」
声だけで返事をした奏真は一旦洗い物の手を止め、改めて振り返る。
「どした?」
それが嬉しくてついつい何も用がなくても声をかけてしまうのは、まるで母に構って欲しい小さな子どものようで恥ずかしいのだけどやめられない。
「…ううん、ごめん何でもない。」
「あは、なんだよそれ。」
「うん、ごめんね。」
「もう終わるからなー。」
したら2階いこうな、という言葉に思わずドキッとするのは、最近のちょっとしたな悩みだ。
洗い物を終えた奏真が普段店では見せない砕けた笑みとともに手招きする。誘われるままに2階へ上がると、いつものように立派なテレビとオーディオに出迎えられて、秀一は定位置となったその正面のソファに浅く腰掛けた。奏真はというと1日調理場に立っていたからまずはシャワーを浴びたいといつも浴室に消えるのだが、そのシャワーが秀一の心を乱す。
決して大きくはないTräumereiの2階、当然広くはない。リビングで待っていても奏真がシャワーを浴びる音は丸聞こえだ。しかも、いい感じに遠くから響いてくる。恋人がシャワーを浴びている音なんて想像する方向が1つしかない秀一は、そわそわキョロキョロ毎回挙動不審になる。しかも浴室から出てきた奏真はシャンプーのいい匂いをさせているし、ホカホカにあたたまって上気した顔と身体を真夏らしい無防備な格好で惜しげも無く晒している。半乾きのしっとり濡れた髪がうなじに張り付いているのがなんとも艶かしい。
端的に言えば、ムラっとする。
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