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第79話

奏真は冷蔵庫の中から缶ビールを2本持ってくると、1本は秀一に差し出した。 もう一本はテーブルに置いて秀一が一度も入れてもらえない寝室に行くと、DVDを持ってきて大画面テレビで流しはじめる。今日は何かのミュージカルのようだ。そしてテレビ台の下にある奏真曰く『おつまみボックス』から今日はさきいかを取り出すと、漸く秀一の隣に腰を落ち着けた。 その位置が近いのが、また悩ましい。 膝小僧や肩が触れるような、密着とはいかないものの何処かしらが触れ合う距離。何か試されているんじゃないかとさえ思ってしまう。 奏真が持ってくるDVDはオペラだったりミュージカルだったりバレエだったり、どれも秀一には馴染みがなく新鮮で面白いものばかりだったが、何処かしらに感じる温もりのせいでちっとも集中できない。先日は望月の演奏なんかも出てきた。望月はちょっとどうでもいいから奏真の演奏が観たい。それなら真面目に観られる気がする。なんて真剣な眼差しの奏真には言えなくて、一人で悶々としてしまったのである。 そして毎度毎度小一時間ほどで奏真は眠くなってくるらしい。この前のようにコテッと秀一の肩に頭を預けてしまう。その時にふわっと漂うシャンプーの香りに気が付いてしまうと、もうDVDどころではない。 お付き合いを始めて数ヶ月、初めてキスして数週間。一応お互いいい大人だし、そろそろ次に進んでもいいような気はする。 ちらりと奏真を見やると、今日はしっかり起きている。片手にさきいかを玩びながら缶ビールに口をつけている姿に色気なんて全くないけれど、脳内が妖しい色に染まり始めた秀一にはなんのその。ゆったりしたTシャツから覗く鎖骨だけで充分だ。 「奏真くん…」 もたれかかっている頭を優しく撫でて囁きかける。若干声が震えた気がするのは気のせいだと思いたいし気付かないで欲しい。ゆっくりと見上げてくる奏真と目が合い、そっと唇を合わせると奏真が瞳を閉じた気配がした。

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