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第81話

もうほんと死にたい。 間接照明がお洒落なバーにはジャズがよく合う。クラシックにはない独特のリズム感と旋律がムーディな雰囲気を醸し出し、ピアノとコントラバスのセッションがアダルティで妖しい空気を作り出す。何年も前から通っているのに以前は気にも留めなかったBGMに興味を持つようになったのは、言わずもがな奏真の影響だ。 客は皆店の雰囲気に違わぬお洒落なカクテルグラスを傾けている。独りの時間を愉しむ者もいれば、友人とのお喋りに興じる者もいるし、中には今夜の相手を物色している者もいるだろう。 そんな中で、秀一は一人大きなジョッキを一気に煽った。 「ママ、おかわり!」 中身はもちろんビールだ。 この店に大ジョッキがあるなんて知らなかった。 「シュウちゃん、今夜も荒れてるわねぇ…」 「今夜もって何、今夜もって!いつも荒れてるみたいに!」 「最近シュウちゃんがうちに来るときはいつも荒れてるわよ?一体今度はどうしたのよ〜。」 心配そうに顔を覗き込んできたママと視線が合った瞬間、秀一は堪えていたものがブワッと溢れ出した。 「ママ…俺まだ25なのにッ!もう、もう男として終わったかもしれない…ッ!」 ビールジョッキを握りしめながら突然大粒の涙を零し始めた秀一に、ママの顔がギョッとする。 ああ前にもこんなことがあった。あの時は奏真くんだったけど。 と、ここでまた奏真を思い出し、続けて先日の失態を思い出し、秀一はいよいよバーカウンターに突っ伏して泣き始めた。 「あらあら失敗しちゃったの?大丈夫よ〜たった一回の失敗で見放されるような恋人ならこっちから捨ててやりなさいな。」 「そッ奏真くんは優しいから見放したりしない!」 「ならいいじゃない!次の機会に腰が立たなくなるまでしてあげなさいな!」 「でも出来る気がしない…!」 これから先そういうムードになる度に、今回のような失敗を繰り返すような気がしてならない。そういうムードにならなくても思い出してしまいそうだ。なんなら夢にも出てきそう。 汚いしゃくりをあげながら途切れ途切れに事の顛末を暴露する秀一に白い視線を投げかける他の客を、シッシッと身振りだけで追い払ったママが物凄くかっこよく見えた。

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