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第83話

姫井 晃広(ひめい あきひろ)との出会いは大学の新入生オリエンテーションの時。大きな瞳に艶々の黒髪で、小柄ながらしなやかな筋肉を纏った姫井はさながら黒猫のように可愛くて、秀一は一目で恋に落ちた。学部が同じで講義で見かける度にドキドキして、けれど姫井はいつも多くの友人に囲まれていたから話しかけることもままならず。一度もまともな会話がないまま3年生になり、合コンの数合わせに呼ばれたらその場に姫井もいたのがきっかけで仲良くなった。 『僕、ゲイなんだよね〜。だから合コン来ても飲むしかなくてつまんない。』 楽しそうに酒を煽っていた姫井とトイレで鉢合わせた時にあっさり暴露された事実に、秀一は驚愕して思わず自分の性癖も暴露してしまったのだった。 それからは親近感からか姫井の方から話しかけてくれることが増えて、けれどそれはあくまで友人の域を出なかった。色々なゲイバーに顔を出しているらしい姫井はゲイであるにも関わらず恋多き人で、秀一は好きな人の恋愛事情を本人から聞かされるなんとも不憫な位置に収まってしまったのである。 『シュウくんと仲良くなれて嬉しいっ!』 屈託のない笑みでそう言いながら肩を組んでくる姫井の言葉の残酷なこと。それを打破したのはそのまたずーっと先、大学の卒業式に秀一が意を決して姫井に告白した時だ。 ゲイ同士ではあるものの友人としか見てもらえていないのはわかりきっていた。就職してお互い忙しくなってフェードアウトできるのを見越して一世一代の大告白を決行したのに、姫井の返事はなんともあっさりしたもので、『じゃあ付き合おっか!』だった。 そしてのらりくらりと2年を共にし、秀一に特大のトラウマを植え付けて去っていったのが、この姫井 晃広である。 「泊めてって、無理だよ。寝るとこないし…」 「このベッドに一緒に寝ればいいじゃん。」 「は!?ダメダメ絶対ダメ!!」 「なんでよぉ、この前まで一緒に寝てたのに…」 「この前っていつだよ!関係性が違いすぎるでしょ!」 「だって…行くとこないんだもん…」 消え入りそうな声で告げた姫井はしょんぼりと陰りを見せた。 確かに付き合っていた時はこのベッドで致してお互い裸のまま寝たりした。が、姫井とは数ヶ月前に別れてそれっきり。今秀一には奏真という新たな恋人がいるのだ。万に一つもあるわけないのだが間違いが起こっては非常に困る。 しかし元来お人好しで押しに弱い秀一に、今にも泣き出しそうな姫井を放っておくことも出来ず。 「…明日、俺朝イチで出かけるから。すぐ出て行けよ。」 秀一が床で寝ることで、一夜を共にすることになってしまった。

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