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第84話

泊まると言っても下着もないし歯ブラシなどの衛生用品もない。姫井は自分で買ってくると財布だけを持って直ぐに出て行き、必要な物と大量の酒、ツマミとおにぎりを買って戻ってきた。 「夕飯まだなんだ。ちょっと付き合ってよ。」 弱々しく笑った姫井は缶の梅酒を差し出してくれた。秀一の好きなメーカーだ。流石に、4年の友人期間と2年の恋人期間を経ただけある。 秀一はありがたく受け取りプルタブを開けた。 お互いに無言だ。姫井は早々に空になったらしい缶に視線を落とし、ジッと一点を見つめたまま動かない。 「…シュウくん…あの、あのね…」 漸く口を開いた姫井は、珍しく歯切れが悪かった。秀一は手にした缶を置いて、次の言葉を待った。 「シュウくんと別れた後…すぐ別の人と付き合いはじめたんだけど…」 バツが悪そうにぽつりぽつりと告げる姫井の告白は、さして意外でもなかった。 昔から切り替えが早く恋人が途切れない人だった。それよりもこうして昔の男のところに戻ってくる方が珍しいように思う。だからこそ気になってしまって、泊めて欲しいという突然の願いを無碍にできなかった部分もあった。 じわりと姫井の大きな瞳に涙が溜まる。今度はもう驚かなかった。 「シュウくんごめん、ほんとにごめん…今更って思うかもしれないけど…」 ついにポロリと溢れた大粒の涙に、秀一は積み上がったままの洗濯物の山の中からサッとハンカチを差し出した。シワだらけなのはご愛嬌だ。 何に対しての謝罪なのかさっぱりわからない。急に頼ってきたことなのか、それともあの時の発言についてなのか、あるいは別の何かなのか。 色々な可能性が頭の中を駆け巡る。 「シュウくん…僕、あのさ僕たち、やり直せないかな…?」 それは、秀一が微塵も考えつかないことだった。 「…………いや、無理でしょ。」

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