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第86話

遡ること4ヶ月前、うららかな陽気と舞い散る桜の花弁が美しい春のこと。姫井は秀一と付き合っていながら別の男性に心を奪われてしまったのだという。 新年度で部署異動をした姫井は通勤時間を変え、新しい時間帯の通勤電車の中で見かけるその人に射抜かれたのだとか。トレンチコートがよく似合うスラリとした長い足の上には服の上からでもわかる程よい筋肉を纏った身体、何よりもオールバックに纏めた黒髪がよく似合う小さな顔に収まったハンサムな顔。自他共に認める面食いである姫井のどストライクだったらしい。 突然落ちてきた新しい恋にすぐに夢中になった姫井は、その時点で既に秀一のことをさっくり忘れていきつけのバーで出会った行きずりの男─姫井によれば電車で出会ったそのイケメン似だったようだ─とホテルへ直行、しかも身体の相性がバッチリで、元々夜の営みに不満があった秀一とのお付き合いはいよいよどうでもよくなってしまったのだとか。 そしてあれよあれよと言う間に行きずりの男だったはずの男と付き合って同棲までしたのに、今度は振られて追い出されてきたらしい。 僅か4ヶ月の間の出来事である。 「でも僕本当に反省したんだよ!シュウくんがどんなに優しかったかやっと身に染みたの!思えばアイツはちっとも僕のこと思いやってくれなかった…シュウくんがテク無しなのもキス一つするのにモタモタするのもテク無しなのもそのくらいって思ったの!」 「2回言うなぁッ!!」 わざわざ距離を詰めたのも忘れて大声で叫んだ秀一は勢いのままにパシーンと姫井の頭を叩いてしまい、ますます注目の的となった。 「大体その電車のイケメンはどうしたの!?そもそも似てるからって行きずりの男と付き合ったって意味わかんないよ!?」 「だって電車で出会っただけの人が同性いけるわけないじゃん!」 「いやいやいやそうだけど!俺に戻ってくる意味もわかんないよ!?」 「だってギュってしながらおやすみって言ってくれる人がいないとか寂しいよ〜〜〜!」 「ビッチかよ…!!」 大学時代からなんとなくそうかなとは思っていたものの好きな気持ちが上回って見ないようにしていたその事実も、今なら認められる。ゲイバーを渡り歩いて男を取っ替え引っ替え、告白されたら速攻付き合い次のターゲットが見つかったら即ポイ。 完全にビッチである。

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