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第88話
電車の君?
なんともネーミングセンスのない呼称に秀一の時が一瞬止まり、望月はキョトンと目を丸くした。
そうだ、そもそもの発端は姫井が電車で見かけたイケメンに心を奪われたこと。それがなければ秀一が姫井に振られる事はなく、秀一が姫井にこんな面倒ごとを持ち込まれることはなかった。姫井に振られなければ奏真には出会わなかっただろうから、結果的には良かったのだろうけどもそこは取り敢えず置いておいて。
秀一はまじまじと上から下まで望月を見た。
タンクトップにハーフパンツと見たことないほどラフな格好から伺えるのはモデルか俳優かというほどに良い体。その上に乗っている、漆黒の髪に飾られた小さな顔に収まるハンサムと称するに相応しい顔。いつもの全身ビシッと決めた出で立ちとはまた雰囲気が違うものの、ムカつくほどいい男である。
なるほど面食いの姫井が惚れるのも無理はない。無理はないのだが。
「ヒメ、あれはやめとけ…!マジで最低野郎だぞ…!!」
「おい話は見えないけどディスられたのはわかるぞ。」
端正な顔にヒクヒクと青筋を浮かべた望月に、もう気持ちがないとはいえ元恋人を託すには不安がある秀一は姫井の肩を強く掴んだが、目がハートになっている姫井の心にはちっとも響かなかった。
だめだこりゃ、と今度は頭を抱えそうになったその時、もう一度カランとドアベルが鳴る。
今度こそ奏真くん、と声をかけようとして秀一は満面の笑みで望月の向こうにあるTräumereiを覗き込んだのだが、その笑顔はすぐに凍りついた。
「おい剛!いつまで掃除して……秀一?」
聞いたことないほど低い声で思い切り眉間に皺を寄せ、見たことないほど不機嫌な奏真を目の当たりにしたために。
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