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第92話
望月の姿を認めた瞬間、姫井の顔つきが変わる。よほどこの顔が好きなようだ。
あまり借りを作りたく無い相手ではあるが、背に腹は変えられない。
「望月さん!今夜暇ですか!?」
「え?え〜っと今日は7時半には終わるかな…その後なら。」
「こいつと飯食いに行きませんか!?」
「は?」
秀一の突拍子もない提案に、望月の目が丸くなって口がぽかんと開く。突拍子も無いのは百も承知だ。秀一なら速攻で断る。だが、何度も言おう背に腹はかえられない。
姫井を自分の元から追い払うのに、望月は願っても無い格好の餌だ。
「こいつ行くとこないらしくて…でも俺奏真くんと話しないとマズイんですよ!わかるでしょ!?ねぇ!!」
「いやまぁうんわかるけどさ…」
いつも飄々とした態度を崩さない望月が秀一の気迫に少々押され気味である。困ったような笑顔でぽりぽり頬をかく望月は、秀一の血走る目からそっと視線を外した。
「行くとこないって今日暇だとかではなく?俺昼間は仕事よ?」
「あの…恥ずかしながら帰るところが無くて…昨日はシュウくんに泊めてもらったんですけど、今日以降はもうダメだって…」
なんだそのしおらしい態度は!!あと俺を悪者みたいに言うんじゃない!!
と思わず叫びそうになったが、すっかりぶりっ子化した姫井に望月が騙されてくれればそれはそれで万々歳だ。
男だが可愛い顔をした姫井が可愛子ぶりっ子していたらそれはそれは可愛い。男も女もウェルカムで入れ食い状態の望月とどうにかなって金輪際自分に関わらないでいただきたい。
「ん〜…まぁ別に飯食うのも構わんしなんなら泊まって行ってももいいけどさ。」
キターーー!!!!!
望月 剛の株が爆上げした瞬間だった。
隠しもせずに天に向かって両手でガッツポーズをして見せる秀一に、望月は少し難しい顔をしてこう告げた。
「…その代わりちゃんと奏真の面倒見てよ。結構ガチで凹んでるよアイツ。」
凹んでいる?怒っているではなく?
ふー、と大きな溜息をついた望月もかなり疲れているように見える。昨夜荒れた奏真に付き合わされたと言っていたから、そのせいかもしれない。
秀一の中で心配の方向が変わる。
怒らせてしまったのなら、どう謝ろうと考えるのだが。落ち込ませてしまったとなると、何が原因で落ち込んでしまったのかわからない。非は圧倒的に秀一にあるのだから、怒るならまだしも奏真が落ち込むことなど何もないのに。
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