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第93話

ぐるんと思考回路が一周してまた「どうしよう」に戻ってきた時、すっかり静かになった姫井が両手を重ねたかわい子ちゃんポーズで信じられないと言ったように声をあげた。 「ほ、本当にいいんですか…!?」 「ん?うんいいよ、おもてなしなんて出来ないけどそれでもよければ。」 「そんなの!全然!」 「よかったなヒメ!!さぁLINE交換して!!ね!!」 思えば全部お前のせいだちくしょう!!望月さんに食われてしまえ!! とは、口に出さない。 最低野郎だぞと釘を刺した相手に食われてしまえなんて捨て台詞こそ最低だが荒んだ心はそんなことに気付かないし、そもそももしかしたら姫井にとっては願っても無いご褒美かもしれない。なんとかして姫井に一泡吹かせてやりたい気もするが、今はそんなことを考えている場合じゃない。物事の優先順位を正しく見極めるのは社畜の基本スキルだ。 そうこうしているうちにLINE IDの交換を終えたらしい望月が姫井の頭をポンポン撫でている。真っ赤に茹で上がった姫井を見てクスッと笑うと、望月は秀一に向き直った。 「秀一くんも交換しよ。奏真と揉めて困ったら連絡しな。多少は助けになれると思うぜ。」 気遣いのレベルが高い…! 望月がモテる理由が顔だけではないことを悟ってしまった秀一に、今度は姫井が近付いてくる。そして期待に胸を膨らませて瞳をキラッキラに輝かせた姫井が小さなガッツポーズをしながら秀一に宣言した。 「ありがとうシュウくん…!僕、僕頑張って望月さん落とすね!!」 「ああ、うん!頑張れ!もう帰ってくんなよ!」 「うん…!!」 心の底からのエールに姫井は力強く頷き、二人は強く手を握り合った。おかしな話だが姫井とここまで心が通じ合ったのはもしかしたら初めてかもしれない。 姫井の残酷な一言と共に崩壊した二人の関係は、望月という新たな共通点を得て今度は友情を堅いものにしたのだった。 これから仕事だという望月と何故かナチュラルに付いて行った姫井の後ろ姿に大きく手を振り、それが見えなくなったころ。 秀一は腕に嵌められた思い出の腕時計を外し、大きく振りかぶった。 「捨ててやるバカヤロー!」 と、投げ捨てようとして、止まる。 「………質屋とかに持って行ったら、高く売れんのかな。」 その理由はやはり最低であった。

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