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第95話

バタンとドアが閉まると、外の雨音はほとんど聞こえない。Träumereiは音楽カフェとして防音設備が整っていることを知ったのはつい最近のことだった。 しんと静まり返った店内はほとんど片付いていて、奥の大きなピアノだけが屋根を開けて悠然と佇んでいる。 綺麗に掃除された床に秀一からポタポタと垂れる雨水が申し訳なくて、そこから一歩も動けなかった。 「いつからいたんだ?入ってくれば良かったのに…今タオル持ってくるから。」 ため息混じりの奏真が秀一の横を通り過ぎる。その手を今度は秀一の方からガシッと掴んだ。 「奏真くん!!」 秀一は握りしめた大きな袋を開けた。 その中からひょっこり顔を出した、くま。 「結婚しよう!!」 そのふかふかの手に余る大きなバラの花束を抱えたくまを、勢いよく奏真に差し出した。 たっぷり5秒の間。 「………え、ごめん何がどうなってこうなってるのか全然わからん。」 「え!?」 「え?って……え?」 「ゲイ婚知らない!?」 「ゲイコン?芸人魂の略とか?」 「違うよ!!ここで芸人魂ぶっこんだら話の脈絡おかしいでしょ!!ゲイの結婚!!」 思わぬところで滑ってしまった秀一は思い切り叫び、無駄に乱れた息を整え、改めてバラの花束を抱えた可愛らしい大きなくまのぬいぐるみを奏真に差し出した。 半ば押し付けられたそのくまを抱える奏真は、目をパチクリさせている。ふわふわのくまに埋もれる奏真がものすごくかわいいと頭の端でデレッと鼻の下を伸ばしながら、顔はキリッと引き締めてガバッと頭を下げた。 「ヒメと付き合ってたのは本当…昨日泊めたのも本当…だけど誓って何も無い!腕時計はヒメから貰ったものだけどブランド品で勿体無いし使い慣れちゃったから使ってただけで、捨ててきました!!本当にごめん!!」 その角度、きっちり45度。 奏真からの反応はない。 恐る恐る顔を上げると、奏真は目を丸くしながら秀一ではなくくまを凝視していた。 やばい、何か失敗しただろうか。そもそも許してくれる気がさらさらなかったりして。週一回の奏真という癒しを失ったら一体自分はこれからどうやって社畜生活を乗り切ればいいのか。 ようやく奏真が口を開いたのは、それから更に数秒後。 秀一にはその数秒が何分にも感じた。

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