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第96話

「…なんで、くま?」 「あ、いやくまは…本当は本物のバラを用意したかったんだけど、流石にすぐ108本はどこも見つからなくて、でもこれプリザーブドフラワーだから枯れないから!」 「ぷり…?なんで108?秀一の煩悩の数?」 「違うよ!違わないけど違うよ!108本のバラはプロポーズでしょ!」 「違わないのか…」 「そこ引っかからないで!」 意図したことが一つも伝わらない奏真に秀一は再び息を切らしながら追いつかないツッコミを繰り出す。 しかし今の反応を見るに怒っている様子が少しもないのは救いだ。秀一は少なからず安堵を覚えた。 「………ふ、ふふッ…」 「奏真くん?」 狭い店内に静かに響く笑い声。 その出所はふかふかのくまに顔を埋めて肩を震わせる奏真だ。 「くま、って…アラサー男にくまって…」 サァッと血の気が引いていく。 本気も本気で選んだが、もしかしてバカにされているとか思われたかもしれない。いくら綺麗で可愛くて若く見える奏真でも、れっきとした成人男性なのだ。というか未成年でも年頃を迎えたらアウトかもしれない。 顔面蒼白であわあわと忙しなく手を動かして弁解を図る秀一に、ようやくくまから顔を上げた奏真は目に溜まった涙を拭った。 「…も、腹痛いんだけど!ほんっと秀一面白いよな!」 その表情は、笑顔だ。 「…………え。」 「何いきなり結婚て!しかもこんなでかいくま、も、…ふふ、あーおかし、意味わかんね…ッ!」 奏真は元々笑いの沸点が低いというか笑い上戸の気があるとは思っていたが、そんなにヒーヒー言うほど笑われるとは。 しかし秀一は心底ホッとした。 「怒って、ないの…?」 「怒る?なんで?いやまぁ流石に凹んではいたけど。」 「むしろなんで凹んでたの!?怒るところだよ!?」 「いや凹むだろ…あのタイミングで拒否られたら凹むだろ…」 「うっ…」 「加齢臭とかだったらどうしようかと…」 「加齢臭!?絶対ありえない!!アレは俺が…」 俺がヒメの言葉を急に思い出しちゃったから!と続けようとした口を、奏真の指先がトンと制した。 ふっと冷静になった秀一の視界にに、にっこりと優しく微笑む奏真が写る。 「いいよ。もう伝わった。」 女神か…ッ! 感極まった秀一は自分がずぶ濡れなのも忘れてガバッと力一杯その細い身体を抱きしめたのだった。

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