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第98話

「…いいの?」 自分でも身勝手で情けない問いだと思った。 前回拒否したのは自分の方なのに。 しかし奏真は、一瞬だけ瞠目した後に綺麗な唇で弧を描き柔らかい笑みを浮かべて小さく頷くと、秀一の手を取って未だ秀一が入っことのない部屋のドアを開けた。 寝室だ。 部屋の中が暗くて見通しは悪いが、ごくごく普通のシングルベッドが二つ。それぞれのベッド脇にサイドテーブルとスタンドライトがある。片方のベッドは長い間使われていないのか、剥き出しのベッドマットの上に乱雑に大きな本が重なっていた。 「しばらく誘われないかと思ったよ。片付けておけば良かったな。」 普段から使っているらしいベッドに腰掛けながら、奏真が悪戯に笑った。カチッと小さな音を立ててスタンドライトが明かりを灯すと、そんな表情も伺えた。 ちょっと申し訳ないような照れくさいような複雑な気持ちになりながら奏真の隣に腰掛けると、ベッドのスプリングが鳴る。それを合図に、秀一は奏真の肩を抱いて再び唇を奪った。 最初は軽く啄ばむように、しかしすぐに物足りなくなって、欲のままに噛みつくようなキスに。柔らかな唇から漏れ出る吐息が秀一の雄の本能をじわりじわりと侵食していき、秀一は堪え切らずにグッと体重をかけて細い体を組み敷いた。 「んっ…」 ちゃんと支えたつもりだったのに、ボスッと結構な衝撃を背中に受けたらしい奏真の苦しそうな声に、一瞬ヒヤッとする。 あ、多分こういうとこだ、と。 余裕なくガッついて、相手への気遣いというか配慮というかそういうマナー的なものがないんだ、きっと。だからテク無しとか言われたのかも。痛かったかな、大丈夫かな。 燃え上がった秀一の雄の本能が急速に萎んでいく。 ああまたダメかもしれない、と思い始めたその時、秀一の下から小さな笑い声が。 「…奏真くん?」 「あ、いや…ごめん、その…」 もしかしてやっぱり、嫌な気分にさせてしまったかも。 顔の筋肉を強張らせた秀一に、奏真は頬を染めて視線を他所へ逃がし、小さな声で呟いた。 「…その、なんていうかこういう状況が久しぶりすぎて、どうしていいのか…なんか、ごめん笑っちゃった。」 ハハ、と照れ臭そうに笑った奏真の、なんと可愛らしいことか! 秀一はホッと肩の力が抜けて、一旦奏真の上から退き、ベッドの上に正座で居直った。

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