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第108話
奏真は晴れやかな笑顔を浮かべていた。
「それに何より、秀一に出会えたから…やっぱりTräumereiを継いで良かった。」
サラリと大告白をしてくれた奏真に、秀一の思考回路は完全にショート。ボンっと漫画のように顔から湯気を出した秀一を、奏真はケラケラ笑って肩をポンポン叩いた。
「奏真くんカッコ良すぎでしょ…」
「そう?あとケツが痛いと弾くのが結構しんどいってことが今わかった。」
「え、嘘!!大丈夫!?」
「これ何、ボラギノールだっけ?ああいうのが効くの?あとドーナツ型のクッションとか?」
「そんなにひどかった!?」
「巨根め。」
「ご、ごめん…?」
「ブハッ!褒めてんだよ!」
「ていうかあんな凄い曲弾きながらケツが痛いとか考えてたんだ…」
いつものように大笑いし始めた奏真につられて、秀一も笑った。
望月というピアニストの同期がいるのだから音楽大学の出身であることはわかっていた。何度もピアノコンクールで入賞していたような人が、なぜこんなところでカフェを経営しているのか疑問に思ったことがないわけではない。
なにか事情があるのだろうと思っていた。気にならなかったといえば嘘になる。が、大人になると話したくない過去の一つや二つあってもおかしくない。それをほじくるのはどんな間柄であれマナー違反だと秀一は思っている。
だからこそ、秀一は嬉しかった。
奏真が自ら語ってくれたことが。
「てか、起こした?ごめん。」
「ううん、聴けて良かった…凄かった。」
それ以上の賛辞の言葉が出てこないのがもどかしい。ただただ素晴らしかったとしか。音楽のことはなにもわからない秀一でも、奏真の演奏は惹きつけられる。魅せられる。心を動かす。
きっと奏真が事故に遭わずコンクールに無事出場していたら、ピアニストとして大きく羽ばたき雲の上の存在になっていただろう。そして音楽に興味がない秀一は、雲の上に奏真がいることすら知らずに生きていったに違いない。
「もう少し寝よう。まだ1時半だし。」
「うん。…奏真くん。」
「ん?」
「キス、してもいいかな?」
出会わなかったかもしれない。
そう思うと奏真が自分の手の届くところにいるということが嬉しくて、ちょっとだけ触れたくなって秀一は尋ねた。
奏真は一瞬黙り、頬をわずかに染めてふいと余所を向いた。
「そういうのは、聞かずにするもんだろ?」
それを了承と捉え、秀一はゆっくりと形のいい唇にキスした。
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