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第110話
BGMがかかっていない店内はとても静かだ。
小鳥の囀り、蝉の声。湯が沸く音に包丁とまな板の音。トースターが立てる無機質な機械音。それらは瞳を閉じると神経が研ぎ澄まされてより顕著に感じることが出来た。
ゆったりと流れる自然の音楽を堪能しているとコトンと何かがテーブルに置かれる音がして、秀一は漸く目を開いた。
「はい、おまたせ。」
「ありがとう。」
いつもと同じ食器に、いつもと同じカフェオレ。一口含むと口いっぱいに広がる優しい味。
秀一は先日会社での出来事をふと思い出し、徐に口を開いた。
「俺さ。」
「んー?」
「コーヒー飲めないし、カフェオレなんて好んで飲まなかったのに、この前仕事中に自販機でカフェオレ買っちゃった。」
奏真との初めてがうまくいかず気まずい思いをしながら日々を過ごす中、仕事でもミスを犯して上司にしこたま叱られて、どん底まで凹みながら奏真恋しさにカフェオレを買ったのだ。
しかし。
「美味しくなくてさ〜…不思議だよね、奏真くんが淹れてくれるカフェオレはすごく好きなのに。」
「そりゃお前、豆が違うもんよ。サイフォンで淹れてるしさ。俺コーヒーばっかり飲んでるけど缶コーヒーなんて滅多に飲まないよ。」
舌が肥えたなと奏真は悪戯に笑った。へらりと曖昧に笑いながら、多分違うな、と秀一は考える。
恐らく、奏真が淹れてくれたカフェオレを奏真の隣で飲むのが好きなのだ。
今度は朝食を用意しに行った奏真の後ろ姿を見ながら、秀一はほっこりと温かい気持ちになった。
程なくして奏真は両手に皿を持って戻ってくる。こんがり焼けたパンの香りに、秀一の素直な腹が主張した。
「わ、美味そう…いただきます。」
「どーぞ。簡単で悪いな。」
「全然…!」
玉ねぎとピーマン、ソーセージがたっぷり乗ったピザトーストはサラダまで添えられてこのまま店に出せそうだ。こんな朝食、実家にいる時だって出なかった。ザクッと音を立ててパンを齧ると、贅沢に使われたチーズが糸を引く。
美味しい。
「はぁ〜幸せ…」
思わず溢れた一言に、奏真は苦笑しながら秀一の向かいの席に腰かけた。
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