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散髪攻防戦
近頃、奏真には悩みがある。
「…んっ…」
さらりと髪を梳く手は少しぎこちない。
節くれだった男らしい手は結構不器用なのを知っている。
ゆっくりと離れていく唇、二人の間に距離が産まれる直前に、秀一は奏真の少し伸びている髪を耳にさらりとかけていった。
もや、と奏真の心が僅かに曇る。
「奏真くん?どうかした?」
「…いや…」
なんでもない、と微笑んだが、秀一は元々繊細というかデリケートだ。
しくじった、と思いつつ両腕を首に回して今度は奏真の方から口付け、先を強請る。秀一は少し躊躇ったようだったが、すぐに応えてくれた。
───
行為の後に裸でいつまでもゴロゴロするのは奏真の方。別にそうして欲しいと言ったことは一度もないのだが、秀一はマメに世話を焼いてくれる。水を持ってきたり毛布をかけてくれたりタオルを持ってきてくれたり。そんなにしなくていいと伝えたら真っ青になって「嫌だった…!?」なんて言うものだから、ありがたくゴロゴロさせていただいているのだが。
「奏真くん、お風呂沸いたよ。あ、水のお代わりとかいる?」
肌をツヤツヤさせながら満面の笑みで寝室に入ってきた秀一は、奏真が転がっているベッドに腰掛けた。古いベッドが悲鳴をあげる。サイドテーブルに置かれた安物のスタンドライトの灯りに照らされた秀一の笑顔は余りに甘く優しい。
「…や、要らない。」
直視していられなくなってそっと視線を逸らすと、ふわっと温かい手が頭に触れて、奏真の髪を弄び始めた。
「…秀一ってさ。」
「ん?」
「髪フェチ?」
「んえ!?あ、いやそういうわけじゃ…いや確かにいつも触ってるな…うわごめん嫌だった!?ウザい!?」
「あ、いや別にいいんだけどさ、…うん。」
あからさまにホッとした秀一が、奏真の心にまたも引っかかる。
靴の裏に米粒でも貼りついたみたいだ。然程不便ではないけれど不愉快なものは不愉快、程度の。
しかし、奏真は今日こそ伝えようと思ったことがあったのだ。
あったのだが。
「奏真くんの髪の毛、サラサラで気持ちいいからすごい好きなんだよね。」
照れ臭そうに、しかし満面の笑み。恋人という最強のフィルターがかかっている。ああ、今日も言えない。
髪の毛切りたい、なんて。
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