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散髪攻防戦/3

そこそこに切る。 そこそこってどれくらいだ? 奏真の悩みは増えてしまった。 本当ならバリカンで刈る勢いで短くしたいのだが、中学生の時に総スカンを食らってからバリカンは封印した。それ以来近所の床屋で適当に短くしている。適当にといっても結構短くしてしまう。周囲には不評なことが多い。 余計なお世話だと一蹴するのが常なのだが、流石に秀一をがっかりさせるのは本意ではない。しかもあんなに嬉しそうに髪の毛を愛でられたら奏真自身悪い気はしない。いや正直に言えば結構嬉しい。秀一と付き合い始めてから自分が意外と乙女だったことに気付いて若干凹んだ奏真だった。 徐に立ち上がると空になったカップ麺の容器をゴミ箱に乱暴に投げ入れる。割り箸が一本反抗期を起こして逃げていった。小さく舌打ちして割り箸を拾おうとすると横から髪の毛が落ちてきて、余計にイラッとした。 「う〜ん…」 唸ってみたところで誰もいない部屋で応えなど返って来ないのだが。虚しくなって奏真は溜息をついた。 ピロリンと軽快な音を立ててスマホがLINEの受信を通知する。この時間にスマホが鳴るのは珍しい。望月が忘れ物でもしたのかと確認すると、相手は秀一だった。 『先方のキャンセルで飲み会無くなった!このまま直帰なんだけど、良かったら少し会えないかな?』 秀一お決まりのお腹が空きましたというゆるキャラスタンプ付きだ。奏真はすぐさまOKの返信をして、ハッとして冷蔵庫を見る。ビールしかなかった。 今どこにいるのか知らないが、直帰といっても小一時間はかかるだろう。奏真は慌ててスニーカーを引っ掛けようとして、さらりと落ちてきた髪の毛に思わず苛立った。 「…邪魔くせぇなちくしょう!」 秀一の前では大人ぶって穏やかに振舞っているものの、奏真はどちらかといえば短気で口が悪い方だった。 イライラしながら早足で向かったのは最寄りのスーパー、ではなく、年に数回しかお世話にならない近所の床屋。 望月にも鬱陶しいとまで言われた邪魔でしかない髪の毛なんて、今この苛立ちの勢いに任せてバッサリ─── 「…そこそこに、短くしてください。」

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