121 / 163

散髪攻防戦/4

「そッ………!?」 小ざっぱりした奏真を一目見て、秀一は絶句した。 ─── 沈黙が辛い。 秀一と一緒にいて沈黙が辛いなんて思ったことは今までなかったように思う。少なくとも奏真の方は初めてだ。 奏真はカップ麺だが夕食を済ませていたので秀一一人分を用意するためにスーパーに一緒に行ったのだが、いつもならポツリポツリと会話が続くものが全く続かない。ちらちら視線を感じるのは、髪を切ったからだろうと想像がつく。 出会った時すでに括るほど長かった髪が短いと違和感があるのかもしれない。短いといっても床屋に行った直後にしては過去最高に長いのだが。 ほとんど無言で買い物を終えて帰路につき、Träumereiのキッチンで調理する。その間も無言。秀一がズルズルうどんをすする間も、無言。 ちら、と秀一の視線がまた奏真に向いた時、奏真は痺れを切らして口を開いた。 「…なに?変?」 「えっ!あっいや!…いや、似合うよ、びっくりしただけで…」 ぽりぽりと頬をかきながら、視線は斜め下。今日奏真の顔を真正面から見てくれたことは、ない。奏真はまたもやっとして、それを誤魔化すためにお茶を入れに席を立った。 こんなことなら切らなきゃよかった。とまでは思わない。切らないわけにもいかないからだ。せめてもう少し長く残しておくべきだったか。多少長くてもそれこそ括ってしまえば不便はないのだから。 心の靄は晴れないまま、明日もお互い仕事だからと秀一は早々に去っていき、その後数日の平日は当たり障りのないLINEのみ。モヤモヤは段々イライラに変わり奏真の機嫌が最悪になったころ、土曜日を迎えた。 ─── 土曜日はTräumereiに帰ってくることが多くなった秀一は、その日取引先の相手と飲みに行くので、奏真が起きている時間に帰って来られるかわからないから自宅のアパートに帰ると聞いていた。先方は何故か秀一をいたく気に入っている壮年の男性で、迷わず末席に座る秀一の隣を必ず陣取りどんどん飲ませてくるらしい。 心の荒んだ奏真はどこまで本当なんだかと疑いながら了解の旨を伝え、その日はさっさと片付けを終えピアノに向かっていた。 無心になるにはやはりピアノが一番だ。心の赴くまま鍵盤に指を走らせる。バッハにベートーヴェンにショパン、かつての偉人が魂を込めた今はただのオタマジャクシでしかないその譜面に自分自身が命を吹き込む。それが奏真は好きだった。 どのくらい経っただろうか、外でガタンと不審な物音がした。驚きのあまりビクッと飛び上がって手を止め、しばらく様子を伺っても不審な物音は止まない。 とっくに閉店したこの時間に一体誰が。そーっと外の様子を伺うと、人影がゆらゆら揺れていた。

ともだちにシェアしよう!