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窮鼠猫を噛む
日曜の朝6時50分、秀一は基本的にご機嫌である。1週間朝から深夜近くまで仕事仕事の毎日を過ごし、ようやっと訪れた休日は恋人と過ごすことが出来るからだ。
しかし今日の秀一は一際ご機嫌だった。なんならスキップだってしてしまいそう。鼻歌だって歌ってしまいそう。日曜の朝から不審者を見るような視線を浴びるのは忍びないのでなんとか我慢だ。
歩いて15分ほどの駅を素通りして脇道を入って行くとちょっとした裏通りだ。その通りに面した古い木造の建物にかかる『Träumerei』の看板を前に、秀一はデレッと鼻の下を伸ばして意気揚々とドアノブを捻った。
「奏真く………開かねえ!ちょ、…あ、まだ開店前…」
苦笑いしながら奏真が鍵を開けてくれるのは、すぐ後のこと。
───
秀一はいわゆる社畜という部類の人種である。
朝9時に出社して帰ってくるのは深夜近く、休みは日曜日のみ。土曜日も休めることもあるが、休めたらラッキー程度の頻度である。繁忙期には日曜出勤もあるし、下手をすると会社に泊まり込みや自宅に仕事をお持ち帰りなんてことも。世間の連休なんてなんのその、基本的にいつだって休みは日曜日だけなのである。
そんな秀一が就職して以来の連休を勝ち取ったのが、5月の大型連休ゴールデンウィークである。
「ありがとう平成…!ありがとう令和…!!俺10連休なんて初めてだよ…!!」
「そうか世間は10連休か…」
「そうだよ奏真くん!ね、ね、どっか行こう!映画とか水族館とか!」
「ん〜…」
「なんなら温泉とか!」
「温泉…」
「美味しいごはんに露天風呂で日本酒煽って浴衣でのんびり、温泉最高だよね!」
「俺、普通に営業するつもりだったからな〜…」
「そうだよね!飲食店だもんね!…そうだよね、うん…」
がっくり。
秀一は今までのハイテンションはどこへやら、一気に肩を落とした。
個人経営とはいえ、飲食店。わかってはいたけれど少しくらいは連休を取るのかなと勝手に淡い期待を抱いていたのだ。
デートらしいデートなんてしたことがない秀一としては自分で言っておきながら温泉旅行なんて最高じゃないかと思っていた。美味しい御膳とお酒。露天風呂で疲れを癒し、あわよくばアレよアレよという桃色の妄想を膨らませつつ、浴衣姿の奏真を堪能したかった。
まぁ、10連休中に月曜日もある。温泉は無理でも、映画くらいなら行けるかも。秀一は気持ちを切り替えようといつものカフェオレを一口含んだ。飲む度に美味しく感じるようになるそれはきっと奏真の愛だという都合のいい妄想をしている。
するとその時、奏真がおもむろに立ち上がりレジ横の卓上カレンダーを指差した。
「じゃ、ここ臨時休業にするから温泉行くか。1泊でよければ。」
奏真が指差したのは、火曜日。
秀一は歓喜に拳を振り上げた。
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