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窮鼠猫を噛む/3

カランと力なく響く、ラケットを取落す音。ガクッと膝を折った秀一は、絶望に打ちひしがれ思わず呟いた。 「う、嘘でしょ…」 ふふんと得意気に鼻で笑った奏真の笑顔が、この時ばかりは悪魔の微笑みに見えたものだ。 「自分で言うのもなんだけど運動神経は良い方なんだなー。」 「そんなバカな…」 「100m走は12秒以下安定だったよ。」 「陸上部かよ…速すぎる…」 お洒落なカフェの店員さん、元々は将来有望なピアニスト。子供の頃はきっと練習漬けで外遊びなんてしなかったに違いない。球技なんてしたことなさそう。なんていうのは勝手な想像。 スマホのメモ帳に記録したスコアは11-2と無残な結果を表示している。何度見ても結果は変わらない。 秀一は頬を痙攣(ひきつ)らせた。 「あー良い汗かいた!風呂行こうか?」 「風呂の前に卓球なのも汗かくほどガチでやるからだったんだね…」 「当たり前だろ。こう見えて筋金入りの負けず嫌いだよ。」 「だよね…そんな気はしてた…」 そもそも負けず嫌いじゃなかったらあんなに一つのことを極めたり出来ないよね、という言葉はグッと飲み込み、落としたラケットを拾って大きなため息をついた。 奏真は既にラケットもボールも片付けて出口に向かっている。その足取りは軽い。綺麗に整った顔は実に楽しそうだ。 風呂セットはあらかじめ持ってきている。 宿自慢の露天風呂であわよくばあんなことやそんなこと、と膨らませていた妄想は力なく萎んでいき、実際風呂に着くと当たり前だが他の宿泊客が少なからずいたために脆くも崩れ去っていった。 明るい所で奏真の全裸を余すことなく堪能して少しばかりの元気を取り戻したが、ああ今夜はこの身体を抱くことが出来ないのか、いやむしろ抱かれるのかと込み上げるものがあり、秀一はこっそり鼻をすすった。 「秀一、浴衣の着方わかる?」 そんな秀一の苦悩を知ってか知らずか、奏真は秀一の適当な浴衣の着方を見様見真似で着たために大きく胸元をはだけさせて秀一の劣情を煽るのだった。

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