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窮鼠猫を噛む/4

秀一も若い男である。 現金なもので、所狭しと並ぶ豪華な懐石料理と美味しい地酒で随分ご機嫌を取り戻し、弱いくせに酒が好きな奏真と共に舌鼓を打つと落ち込んでいた気分はむしろ上昇気味だった。 卓球勝負に快勝した奏真は元々上機嫌だったのもありあっという間に出来上がり、二人はだらだらと飲み交わしながら他愛のない話を繰り広げ、当たり前に再び風呂に向かった。 「あ〜美味かったな〜安酒とは違うよな〜」 鼻歌交じりのふわふわとした足取りでようやく脱衣所にたどり着いた奏真は、元々適当だった上に随分と着崩れた浴衣をするりと脱ぎ落とした。露わになる細い肩と白い背中に当然のようにムラムラとあやしい感情が顔を出す。秀一は思わず周囲を見渡した。 するとどうだろう。 先程はちらほらいた他の宿泊客の姿はなく、それどころか沢山ある脱衣カゴのそのどれもが空っぽだ。 時刻は23:00前。もしかして、と期待が膨らむ中、ガラリとドアが開く音と奏真の声が響いた。 「おお、貸切!」 やっぱり…!! 秀一はカッと脳内が覚醒し、一気に酔いが覚めた。 さっさと入って身体を洗い始めた奏真のやたら上手い鼻歌が浴室に響く中、ゆらりと隣に歩み寄って腰掛けた秀一はその鼻歌を聴きながら露天風呂に目を向けた。 人の気配はしない。最後までとは言わずとも、少しくらいイチャイチャ出来るかも。しかしそこでネックになるのは先程の卓球勝負。 今日は俺が下なんだと思うと迂闊には誘えない。100歩譲って処女を捧げる相手が奏真で良かったと思うことにして、奏真より先にお湯に凌辱されるのはちょっとごめんだ。普通に布団の上でお願いしたい。俺が上なら大歓迎だけど。あれ、俺ってすごい勝手な奴だな─── 「しゅういちー。露天行こう露天!」 「ヒェッ!うん!行く行く!」 気がつくと奏真が露天風呂へ続くドアを解放して手招きしていた。 秀一は慌てて頭からシャワーを被ると露天風呂へ向かう。奏真は既に石造の情緒溢れる露天風呂に浸かり、満点の星が輝く夜空をぼんやり見上げていた。 「ピアノって、88鍵あるんだけど。俺小さいときもっとたくさん、それこそ数えきれないくらいあると思っててさ。旅行先で初めて満点の星空見たとき、『お空にピアノがある!』って叫んだんだよね。しかもそれビデオに残ってるっていう。音程じゃなくてさ、音色が星の数ほどあるって感覚だったんだけど…子どもの感性ってすげーなって我ながら思ったんだよなー。」 ケラケラと奏真は楽しそうに笑った。 奏真の薄い色のサラサラした髪を伝う雫がキラリと月明かりに輝く。それはとても美しい光景で、ふらりと奏真に近寄るとそっと背後から抱きしめた。

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