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窮鼠猫を噛む/5
ゆっくりと振り返った奏真と視線が交わって、秀一はゴクリと生唾を飲み込んだ。
今いっていいとき?攻めていいとき?頭の中を巡る疑問にぐるぐると目が回る。奏真の酒気を帯びて少しだけ赤くなった瞳にじっと見つめられて、秀一は吸い寄せられるように唇を寄せた。
キスだけ、キスだけ。ちょっとキスするくらいなら大丈夫。今なら誰もいない。
秀一は目だけで周囲を確認すると、ほんの数センチ開いていた距離をゼロにした。
かすかに虫の声と温泉の水音が聞こえる。けれどそれよりも耳から直接脳に響くのは、舌を絡める音と唾液が混じり合う音。そしてお互いの息遣い。
あっという間に高ぶった気持ちと身体は止まることが出来るはずもなく、秀一は奏真を抱きしめた手をそっと下に伸ばした。
「んっ…」
滑らかな肌の感触が気持ちいい。水分を含んで首筋に張り付いた髪を避けてやると、奏真は僅かに身を捩って快感を示した。そっとバレないように目を開くと、奏真の綺麗な顔がうっとりと快感に浸っているのがよくわかる。
目元を赤くして息を荒げ、くたりと身を任せて秀一の肩を弱々しく掴んでいた腕がぽちゃんとお湯の中へと消えた。
秀一はピタリと動きを止めた。
これって、快楽に身を任せてこれからめくるめく恋人達の営みっていうか、むしろ。
「………ちょ、奏真くん!!!」
そう完全に、逆上せていた。
───
「露天風呂で逆上せるって…」
「や、ごめんって…ほら酒入ってたし…」
「奏真くん本当禁酒しよ?」
「無理かな…」
ぐったりしてしまった奏真をなんとか部屋まで連れ戻し、仲居さんに借りた団扇 で扇 ぎながら秀一はそれは大きな溜息をついた。いつも割と穏やかで余裕のある態度を崩さない奏真が流石にバツが悪そうにこちらを見ている。酔いもだいぶ冷めたのか、先ほどより随分気分が良さそうだ。
「ごめんって〜…」
申し訳なさそうに何度も謝ってくる奏真に、秀一は苦笑いしてゆるりと首を振った。
そもそも、酒に弱い奏真がそれなりの量を飲んで気分良くなっていたのは知っていたのに、風呂の中で体温が上がるような不埒な真似をしたのは自分だ。いわば自業自得。酒が入っていなくたって同じ結果になったかもしれない。そういうことにしておこう。
ちょっぴり切ない気持ちになりながら自分を無理やり納得させた秀一に、奏真は身体を起こして下からそっと覗き込んできた。
「…奏真くん?」
寝てていいよと繋げるはずだった言葉は、唇が塞がれて体内に消えて行った。
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