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窮鼠猫を噛む/9

翌朝、秀一が目覚めると隣で寝たはずの奏真の姿はなかった。布団に触れてみるとまだ微かに温かい。 時間を確認するとまだ6時半。朝食にもまだあと1時間ほどある。 普段5時前には起きて仕事をしはじめる奏真だから、早く目覚めてしまったのかもしれない。テーブルの上にはスマホが置きっぱなしだった。ということは然程遠くには行っていないだろう。 秀一は再びごろんと布団に潜り込んだ。 昨日からずっと一緒だ。電車の長旅もそこそこの観光も豪華な夕食も、きっと奏真と一緒だから実際の何倍も楽しく感じているだろう。露天風呂ではハプニングもあったがそれも一興。その後のエッチがあれだけ盛り上がればスパイスというものだ。 秀一が布団の中で1人ニヤニヤしながら濃厚な夜を思い出していると、スッと襖が開く音がして人の気配が戻ってきた。 秀一が慌ててキッと顔を作り、あたかも今起きましたという風にあくびをしてもぞもぞと布団から這い出ると、自販機で買ってきたのだろう缶ジュースを2本手にした奏真がにこりと微笑んだ。 「おはよ。ごめん起こした?」 「ううん…おはよう。」 「オレンジとリンゴどっちがいい?」 「オレンジいい?」 手渡されたのは有名な飲料メーカーの100%オレンジジュースだった。 プルタブを開けて一口含むと、程よい酸味が寝起きの頭にすっきりさせてくれる。女の子が朝に果物を摂りたがる気持ちが分かる気がした。 美味しくてゴクゴク喉を鳴らして飲み干すと奏真が何やら鞄の中から出してきた。 それは、小さな音符のキーホルダーが付いた、銀色の鍵。 「…?なにこれ、どこの鍵?」 「うちの合鍵。」 「うち?…奏真くん家!?」 驚きのあまり目を剥いた秀一に対して、奏真はシレッとリンゴジュースに口をつける。 ぷは、とまるでお酒でも飲んだように息継ぎをした奏真は、頬杖をついて鍵を凝視する秀一に少し非難するような視線を投げかけた。 「だって全然越して来ないだもんよ。だからいつでも入って来られるように鍵渡しておこうと思って。」 「えっ!いやあの、えっ!?」 「結婚して一緒に住むもんだと思ってたのに…」 「うん…そんな話あったね…」 「息子も健気にピアノ椅子に座って待ってるって言うのに…」 「うん…いつも座ってるよね…」 「だから鍵だけでも渡しておいたらもっと会えるかと思って。」 ニコリと微笑んだ奏真は、テーブルの上に置いた小さな鍵を取ると秀一に差し出した。 揺れる音符のキーホルダーがチャリンと綺麗な音を奏でる。よく知る金属音だが、それは特別美しく響いたように感じた。

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