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Liebesträume/1

秀一は凡人である。 自他共に認める、凡人である。 非凡なのはゲイであること、男の恋人がべらぼうに美人であること、そしてその恋人が音楽、ことピアノにおいて天才と称するに値する人物であること、と思っている。 ─── 社畜である秀一の週に一回の癒し。それは日曜日、恋人の奏真が経営するカフェに行くこと。美味しいモーニングとカフェオレをいただき、常連客たちと他愛のないやり取りを楽しみ、閉店後には夕食をとって甘い甘い恋人同士の睦み合い。 今日も今日とて1週間を乗り越えた秀一は癒しを求めて意気揚々とカフェTräumereiを訪れ、存分に癒されてそして一番のお楽しみ夜のラブラブタイムを、と思っていた。 とても楽しそうに最新のタブレットをいじる奏真を見るまでは。 ご機嫌な鼻歌はなぜかアンパンの顔をしたみんなのヒーローのテーマ。やたら上手い鼻歌を聴きながら、秀一は奏真がいじるタブレットを覗き込んだ。 「これ、見ても平気なやつ?」 「ん?うんいいよ。ただの店の収支だし。」 「げ…なに楽しそうにやってんのかと思ったら…」 仕事で嫌という程パソコンに向かって数字を見ている秀一には毛ほども面白くない。一体なにがそんなに楽しいのか、秀一は思い切り眉を顰めた。 「やー、楽しいってか快適?手書きだったからさ。」 「まさかのアナログ…!」 「じーさんの時代からもう何冊目だよっていうね。で、ついに買ったんだよ。もう快適すぎて…動画も見れるしかなり重宝してる。俺もうスマホいらねーかも。」 「いやいやいや携帯するには不便だと思うよ!?」 「携帯しねーもん。」 「してください!!」 ちょっとそこまで、では奏真はスマホを置いていく傾向があるし、しかもそのちょっとそこまでが予定より長引くことはままある。 基本的に遠出もしないし職場と家が同じだから確かに携帯しなくても不便はないのだろうが。 秀一はため息を一つついて、ふとあることを思い出した。 「…スマホといえば、奏真くんスマホのロックナンバー変えた?」 「変えたよ。」 「えっ…あ、それならいいんだ。」 「アプデしたら6桁になったから123456にした。」 「意味ねぇよ!!」 絶対に変えていないだろうと思っていた秀一はその斜め上をいく答に思わず大声を上げた。 この調子だと手元のiPadのロックナンバーも123456に違いない。前々から思っていたが些か、いやかなり危機管理能力に欠けている。 秀一は天を仰いで大きな大きなため息をつき、ガシッと奏真の細い肩を掴んで真正面からにっこり微笑みかけた。奏真の顔が引きつったのは見て見ぬ振りだ。 「今、変えよっか。」 「え?」 「ね?」 「いや慣れちゃってるしめんどくさ…」 「変えよう?」 「…はい。」 奏真の顔はどう見ても納得していないが、秀一としてはなんとしても変えていただきたいものである。 というのも、奏真と望月の信頼関係を邪魔するようで確かに気が引けるのだが、どうにもこうにも望月が奏真のスマホを自由に出来るというのが気に入らない。 毎日のやりとりに甘い睦言なんてほとんどないが、もしかしたらこれからLINEで睦言を交わすような場面があるかもしれない。あって欲しい。 その時に、履歴が望月に見られると困るのだ。というか嫌なのだ。 変えるのを見届けるまで絶対にここを動かないぞと言わんばかりに座り直した秀一に、奏真は溜息混じりにスマホを操作し始めた。

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