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Liebesträume/3
「いいよ、何?」
「え?」
「何聴きたいの?」
秀一の顔がぱああっと華やぐ。赤白黄色色とりどりの花が舞う。もし秀一に尻尾があれば残像が見えるほどに激しく振られていただろう。獣耳があればぴこぴこと動いていたに違いない。
そんな秀一の様子を見て奏真の表情もいくらか和らいだのだが、次の瞬間その表情は再び凍った。
「愛の夢…なんだ、け…ど…」
秀一は奏真の凍りついた表情を目敏く察知して、期待に満ちた視線を泳がせる。
奏真と出会ってからすっかり日常的に聴くようになったピアノクラシック曲。その中でも随分前に出会ったこの曲。
愛の夢、なんてタイトルからして素敵な曲だ。情緒たっぷりに歌い上げる感動的な美しい旋律とそれを盛り上げる壮大なスケールの伴奏。大手動画サイトで見つけた、どこの誰とも知らないピアニストの演奏で初めて聴いたその時から秀一の心に燻っていた、奏真にこの曲を弾いてほしいという願い。出来れば自分への愛をこれでもかというほどに詰め込んで弾いていただきたい。そして盛りがあった暁には熱い夜を…なんて邪な思いも少なからず抱いていたのだが、音楽に明るくない自分が曲目をリクエストするなんて烏滸 がましい気がして、心の奥底にしまいこんでいた願い。
ではあるのだが。
これは、もしかして、相当まずいリクエストをしたのでは。
「あ…難しい?」
「いや…難しいっていうか…」
引き攣った笑みを浮かべながら視線を徐々に徐々に下へ落としていく奏真の表情はどう見ても暗い。もしかしなくとも相当まずかったようだ。
普段の奏真を見ていると忘れがちだが、事故の後遺症であまり長時間は弾いていられないという。仕事もあるし、負担にはなりたくない。
秀一はちょっぴり残念な気持ちになりながらも、あっさり気持ちの整理をつけて再び口を開いた。
「奏真くん、やっぱり…」
「オーケー、2ヶ月…いや1ヶ月でいいや、待って。」
「えっ…いや、無理しなくても、」
「いーや、弾くよ。弾くって言ったしな。3番でいいんだよな?」
「さんばん?」
「なんでもないなんでもない!愛の夢な!」
両手を振って秀一の鸚鵡返しの質問を遮ると、奏真はすぐに立ち上がり楽譜専用本棚と化している押入れ─初めて見たときは驚愕した─を漁り始めた。
作曲家別に並べてあるらしいその中から数冊の曲集を引っ張り出すとパラパラと捲りだす。秀一にはさっぱりわからないおたまじゃくしたちが乱舞して、出来の悪いパラパラ漫画のようだった。
「奏真くん。」
「んー?」
自分の無知で無茶な願いを叶えようと既に真剣な眼差しで楽譜を何冊も開いている奏真が、その時妙に愛おしく感じて、秀一は後ろからギュッと細い背中を抱きしめた。
「ありがと。」
「…ん。」
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