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Liebesträume/5
それは翌週も変わらなかった。
最低限の挨拶と繋がらない電話。それもアクションは秀一からばかり。返事がないこともままあった。
自分で蒔いた種と諦めかけたある日、何気なく奏真から送られてきたおやすみのメッセージを見返して、それが送られてきた時間が目に入った。
普段、早朝に起きるために遅くとも22時には寝る奏真の昨日のおやすみというメッセージは、23時を過ぎている。付き合い始めてからほとんど毎日同じやりとりをしているが、こんな時間まで奏真が起きていたことはまずない。
それがどうだろう。遡ってみれば、秀一が愛の夢をリクエストしたあの日以降ずっと似たような時間だ。日が変わっていることすらある。
どうして気付かなかったのだろう。
きっと、いや絶対に、秀一のためだ。
ブワッと心の中に暖かい風が吹いて、荒んだ砂漠のような心が満開の花畑と化す。花畑の真ん中では奏真が優しく微笑みながらピアノを弾いていた。当然曲はまだ聴いたこともない奏真の愛の夢。
秀一は衝動のままに駆け出して細い背中を力一杯抱きしめ、ゆっくりと振り返った奏真に優しくそれでいて激しいキスを─
「お兄さん、顔やべーっすよ。」
「んぎゃあああああ!!!」
───
「いや、俺もビックリしたって。知った顔がしけた顔してんなと思って声かけようとしたらスマホ見てにやけ出すからさ。しかも怪しい笑い声付き。むしろ声かけるの迷ったよね。」
「俺は望月さんの神出鬼没っぷりにビビってますよ…」
「俺仕事場があちこちだからね〜。まぁまぁ、とりあえず乾杯。お疲れっす!」
酔っ払った中年男性の喧しい話し声に、若い男女が騒ぐ声。店員の元気な声。
四方八方から耳に飛び込んでくる居酒屋特有の喧騒を、グラスがカチンとぶつかり合う小気味良い音が遮った。
グイッとレモンサワーを煽るのはパリッとしたグレーのシャツと細身のパンツがよく似合う180cm超えの黒髪オールバックイケメンだ。その背後にはどこにでもある居酒屋の手書きのメニューが貼られている。なんともミスマッチで、秀一は呆然とその姿を見ながら手にしたカシスオレンジをちびっと口に含んだ。
「望月さんって居酒屋来るんすね…」
「え?むしろ居酒屋しか来ない。」
「オシャレなバーしか行かないかと…」
「俺オシャレなバーは仕事しに行くところだから嫌なのよ。しかも高えし。オシャレなカフェもレストランも嫌なの。外食はラーメン屋かファミレスばっか。カフェなんて奏真んとこしか行かねーよ。煙草吸っていい?」
「どうぞ…」
ありがと、と一言添えて取り出したのは高そうなジッポだ。
奏真もそうだが、金をかけるところとそうでないところが天と地ほど差があるらしい。全然タイプは違うのにそういうところが似通っているからこそ、長く友人関係が続いているのかもしれない。
羨ましい、と思う。
奏真と一緒にいて望月の話題になることはほとんどないが、ふとした瞬間に名前が出てくると、やはり奏真の中で望月の存在は大きいのだと痛感する。
しかし過ぎた年月を悔やんでもどうしようもないことで、秀一は無意味にグラスを揺らして氷の歌声を聴いた。
すると、その様子をじっと見つめていた望月が早くも一杯目のグラスを空けて口を開く。
「つかさ、単刀直入に聞くけど…奏真と喧嘩でもした?」
その思いもよらない質問に、秀一は瞠目した。
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