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Liebesträume/10
まるで最初から約束していたかのように自然に二階へ上がり、ごくごく自然にシャワーを浴びて、二人ベッドに転がり込んだ。奏真に演奏を頼んでから約1ヶ月、会ってはいたものの触れてはいない。
性欲が一際強いわけではない秀一だから特別それが苦痛というわけではなかったけれど、それでもやはり久し振りに触れると強く求めてしまう。触れるだけのキスが深くなるのはあっという間で、舌を絡めながら服を脱がした。素肌に触れ蕾を丹念にほぐしながら首筋に顔を埋めてきつく吸い上げると、いつだったか日に焼けたことなどなさそうだと思った真っ白いうなじに紅い花が咲いた。
「ッ…痕つけたろ…」
「あ、…ごめん嫌だった…?」
そういえばここに痕をつけたことはなかったかもしれない。一番つけたいところではあるが一番困るところだということを秀一はよくよく理解していたから気をつけていたのに、ほとんど衝動的に付けてしまったことを後悔する。
しゅんとしてしまった秀一に、奏真は表情を和らげくしゃりと髪を撫でた。
「いや、いいよ。」
奏真はきっと、いつものように余裕を持った優しい微笑みを浮かべたつもりだったんだろう。けれど実際は、頬を真っ赤にして照れを隠し切れなかった表情をしている。それが秀一の劣情を激しく煽り、激情のままに奏真に覆い被さり既にトロトロに柔らかくなっている小さな蕾にそそりたつ自身をあてがった。一気に貫きたい衝動を最後の理性で抑え込み、傷つけないように負担がないようにゆっくりと埋めていく。
「…ッん…!」
何度してもこの瞬間だけは苦しいようで、眉根を寄せて息を詰めた奏真は自分に覆い被さる男の腕を縋るように掴んでくる。それが結構な力で、秀一も思わず痛みに顔を顰めてしまうことがままあるのだが、その力を込めすぎた白くなった指先に手を重ねてやると、ふっと力が抜けるのが堪らなく愛おしい。
今日もいつものようにそっと手を握ってやると、秀一の脳裏に美しい旋律が微かに蘇る。それは勿論、先程聴いた奏真が弾く愛の夢。この手が奏でた切なくも甘い愛の夢だ。
鼻の奥をツンとなにかが刺激して、喉の奥をなにかが込み上げてくる。
あんなにも熱く雄弁に愛を伝えてくれたこの人に、自分は何をもって返せばいいのだろう。どうしたらこの内に燻る想いを伝えることができるのだろう。
「秀一…?」
繋がったまま俯いて動きを止めてしまった秀一を、息を乱した奏真が下から心配そうに見上げてくる。秀一は顔を上げて奏真の汗で額に張り付いた髪を払うと、優しく握った奏真の手を持ち上げ、無数の星々のような輝きを放つ繊細で美しい音を奏でる指先にキスを落とした。
「奏真くん、好き。」
「あ、ッ…!」
「どうしよう、どうしたら伝わるんだろ?奏真くんみたいにピアノが弾けたら良かったのに。」
溢れんばかりの愛情は確かに秀一の中に存在するのに、それを上手く伝える術を秀一は持っていない。大切に触れて抱きしめて、好きだよと言葉にすることしか出来ない。けれどそれでこの思いの丈が伝わっているのだろうかと不安が押し寄せて、不完全燃焼のままに終わる。
それが、ただ歯痒い。
その時、苦い顔をする秀一の頬を両手で優しく包み込み、奏真は触れるだけのキスをした。
「バカだな、音なんかより言葉と態度の方がちゃんと伝わるに決まってるだろ。」
ふわりと優しく微笑む奏真の言葉に、秀一の心がふっと軽くなる。
こつんと額を合わせて笑い合い、何度もキスして求め合った。
──
「そういやさ。」
服も着ないままベッドに横になって肩を寄せ合い、奏真が適当にかけたオーケストラのCDを聴きながらゆったりとした時間を楽しんでいた秀一に、奏真はふと声をかけた。
「剛と飲みに行って何話すん?」
「え…」
「どう見ても相性悪そうな上に共通の趣味も無さそうなのに、何話すのかなと思って。剛もああ見えて誰とでも気軽に飲みに行くわけではないしさ。」
そうなのか、あんなに軽薄そうなのに。
秀一は望月の意外な一面を知り、またその「飲みに行くほどの仲」と認識されていることに存外悪い気がしていないことに気付いた。
秀一は先日望月と飲みに行った日のことを思い出す。ひたすらレモンサワーばかり飲む望月にぽつりと零した、今思えば愚かで恥ずかしい話。それは知られたくないと、少し考えてから口を開いた。
「なに、ってそりゃ奏真くんの話だよ。それしか共通点ないし…望月さんが奏真くんを好き過ぎるって話。」
「なんだそりゃ。」
「だって小学生の頃からストーカーばりに追いかけてるって…」
「え?」
秀一の話を遮って怪訝そうな声を出した奏真をみると、本人はきょとんとした表情をしている。
今の話に何かおかしなところがあっただろうか。いや望月が奏真のストーカーというのは大いにおかしな話だが、それは奏真本人も承知の上ではないのだろうか。それとも本物のストーカーなんてバカな話があるだろうか。
秀一は思わず、鸚鵡返しに「え?」と間抜けな返事をした。それに対する奏真の返事は、予想の遥か上をいくものだっあ。
「…俺が剛と初めて会ったのは高3と記憶してるんだけど。」
「………………え?」
望月 剛。
知れば知る程、謎が増える男である。
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