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Premier Ensemble/1

茹だるような夏が過ぎ去ってから、丁度良い気候などほとんど感じる間も無く冷たい風が吹き抜ける。冬の訪れすら感じるそれを遮るために開け放たれた窓を閉めようと立ち上がった瞬間、頭蓋骨を鉄槌で叩かれたように痛む頭に秀一は思わず眉根を寄せてこめかみを揉みほぐした。 「秀一、今日どうしたん?なんかずっと変だけど…具合悪い?」 それに気が付いた恋人が店仕舞いを中断してカウンターの中から出て来ようとしているのを見て、秀一は得意の曖昧な笑みを浮かべてひらひらと両手を振った。 「あー、うん、ちょっと…肩凝りがね。」 「肩凝り?」 「うん、デスクワークだから肩凝りひどくてさ。いつものことだから気にしないで。」 頭が痛いのも吐き気がするのも、なんなら秋風がやたらに冷たく感じるのも、血流が肩で全て滞って身体が冷え切っているせい。平日はパソコンの前に座りっぱなしだから、仕方ない。気が付いた時に肩を回すとかはするけれど、なしのつぶてというか暖簾に腕押しというか、とにかくあまり効果は無いようで頻繁に酷い頭痛に見舞われる。かと言ってマッサージに通う時間なんてないし、そんな時間があったら奏真に会いたい。 秀一は自分でカチカチの肩を揉む。すると力が入る度に頭にぐわんぐわんと響いて、また眉を顰めた。 「少し揉んでやろうか?」 「え?」 「もう終わるから、2階()で待ってな。」 朝早くから1日1人で働き詰めで疲れていないはずはないのに、それを微塵も感じさせずにニコッと屈託無く微笑んだ奏真を見るだけで凝り固まった身体からふにゃんと力が抜けていった気がする。なんならちょっとオトナなお誘いを掛けてくれたら、滞った血流も良くなるはず。下半身だけ。 なんて馬鹿な妄想を繰り広げているとバレないようにまた得意のへらりとした笑みを浮かべながらその場を後にする。階段を一段上がるごとに頭がガンガン響いて、奏真くんに会うためとは言え我ながらよく今日ここまで来たなと呆れてしまったのだった。

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