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Premier Ensemble/3
この至近距離でスネ毛の一本も見当たらない綺麗な素足から微かに石鹸の香りがして、秀一はごくっと生唾を飲み込んだ。更に余計な力が入ったカチカチの肩に、温かい手が触れる。凝り固まった肩の筋肉のラインをなぞり、グッと指が入り込んできた。
「あッ…く、あー…すご…」
強すぎず弱すぎず、ゆっくりと筋肉をほぐしていく。蒸しタオルで柔らかくなった肩を遠慮がちに探りながら、それでもぐいぐいと押し込まれる指先に、秀一はすっかり骨抜きにされて瞳を閉じた。
「んッ…奏真く、すごい、上手…っあー、いい…」
「…すげー、凝ってんな。」
「うん…ッ、あーいい…ッ!」
グーっと押されると、血が通る道が出来て、待ってましたと言わんばかりにぐんぐん血が巡っていく。肩から首へ、そして脳天を巡る血流に、身体がほかほかと芯からどんどん温まってくるのがわかる。それはとても気持ちよくて、溜まった疲れが急速に癒えていく気がした。
その癒しの時間を更に良いものにするころころと転がる旋律を再び捉えて、秀一はそうだと口を開いた。
「ん、ねぇ奏真くん、これッ…なんて曲?」
「………モーツァルトのピアノソナタケッヘル545。」
「け…ッ…?あ、ん…ッ!」
「………………モーツァルトの一番有名なソナタで通じる。」
「んッ…!奏真く、今度弾いてぇ…」
「……………………」
「奏真く、…んッ!あ、ダメ…?」
「………………………秀一、頼むから喘ぐな。」
「あえッ!?」
その思いもよらない奏真からの嘆願に秀一は面食らって、後ろを振り返る。すると引きつった笑みを浮かべる奏真がそこにいて、秀一は途端に狼狽した。
「あ、喘いでないよ!?」
「いや喘いでる。お前のために封印した雄の部分がお目覚めになるわ。」
「オスっ…」
「俺マッサージで喘ぐ奴初めて見た…」
乾いた笑いを零しながら再び肩を揉み始めた奏真に、秀一は「ンッ」と声を漏らして思わずガバッと口を塞いだ。すると後ろから楽しそうな笑い声が聞こえてきて、羞恥にカーッと顔どころか首まで暑くなるのがわかる。
秀一はそろりと後ろを振り返り、おずおずと口を開いた。
「あ、あの…する?」
「なに?掘らせてくれんの?」
「いや、それはないけど…」
「ないんかい。」
その気にさせてしまったなら、と気を利かせたつもりではあったが、それが却下されるのはなんとなくわかっていた。楽しそうに笑っている奏真は特に機嫌を損ねた様子もなくホッとしたのも束の間。奏真は遠慮なく思い切りグッと指先を凝り固まった肩の筋肉にねじ込んだ。
「いっ…!!」
「いえいえ、今日はリラクゼーションサロンTräumereiですから、そんなことお気になさらなくて結構ですよ。」
「いたッ、いたたたたたたた!!」
「モーツァルトですか?ええ、ええ、弾かせていただきますとも。モーツァルトなんてもう何年も弾いてねーけど。」
「やっ…たぁ痛い痛い痛い!!ありがとうございますもういいです痛い!!」
ぐりぐりぐりと無理やりねじ込まれると反射的に身体が逃げるほど痛い。細やかな仕返しのつもりなのだろうが、目に涙を浮かべて悶絶する秀一を見て堪えきれずに爆笑する奏真を見ていると、ちょっと、割りに合わないと思ってしまうのだった。
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