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君の旋律/1
温かな陽だまりのような旋律が先程から何度も行ったり来たりしている。例えるならオレンジ色。地平線の彼方まで広がる大草原に大の字で寝転がっているような、そんな気分になってくる。
とても心地良いそれはピタリと止まったかと思えばハーモニーが変わったり旋律がちょっとだけ変わったり、なんだか不安定だ。
いつもとんでもない難曲を淀みなく弾きこなす恋人の初めて見る姿に、秀一はさっきから眉間に皺を寄せてうんうん唸りながらピアノに向かっている奏真に声をかけた。
「…奏真くん、その曲今練習してるの?」
「ん?あ、いや作ってんの。」
「作る!?」
「うん、ピアノソナタ『勅使河原 秀一』」
「俺ッ!?」
予想外の答えに声がひっくり返った秀一に、奏真がくつくつと楽しそうに笑いながらシャーペンで楽譜にシャシャッと軽快な音を立てて何かを書き込んでいく。秀一は途端にその中身が気になって立ち上がり、鍵盤を睨め付けている奏真の背後に立ってその手元と楽譜を覗き込んだ。
「あ、こら見るな!」
「えっなんで!?」
「ダメダメダメ俺は楽譜の書き方がすげー汚い!!」
「いいじゃんどうせ見たってわかんないよ!」
「わかんないなら見るなよ!」
「そう言われると意地でも…!」
「秀一のスケベ!!」
「否定しない!!」
「うぐっ…!」
初めてかもしれない、奏真を言い負かしたのは。
ふんすふんすと鼻息を荒くしながら一歩も引かない秀一に、手書きの楽譜を大事に胸に抱えて隠した奏真はジリジリと下がって行く。立派なピアノ椅子からあわや落ちそうになったその時、根負けしたのは奏真の方だった。
譜面台にバサリと広げられた、手書きの楽譜。オタマジャクシ、なのかどうかすらもよくわからない暗号がそこで乱舞している。
「さっぱりわかんね…」
「だぁから汚ないって言ったろ。剛なんかはほんと綺麗に整然と書くんだよなぁ、尊敬するわ。ザ・A型って感じ。」
「そうなの?意外。」
「アイツめっちゃくちゃ几帳面なんだよ。部屋も身なりもすげぇ綺麗にしてるしちょっと潔癖気味なんじゃねーかな。今でこそ秀一がいるから来なくなったけど、前はよくここの2階掃除しに来てたよ。」
「ちょ、それはどうなの奏真くん。」
「んで飯置いて帰ってた。」
「通い妻!?」
やっぱり奏真くんのこと好き過ぎなんじゃないだろうか、望月 剛。
確かに自分で作れる癖にカップ麺とビールとコーヒーで生きてるような人だから心配になるのはよくわかるのだが、忙しそうに見えるのに奏真の世話まで焼いてたなんて、ちょっと、いやかなり羨ましい。
しかしながら社畜生活真っ只中の秀一にはやってあげられないのが現実である。最近本気で転職を考えている勅使河原 秀一25歳、入社3年目だ。
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