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Only one/7
トントンと優しく肩を叩かれて、姫井はゆっくりと意識を取り戻した。しかし瞼が持ち上がらない。胃の中が不穏な動きをしている。少しも動かない身体を持ち上げようとしたらこめかみが割れんばかりに痛んだ。
「おーい、仕事行ってくるからなー。別に居てもいいけど出て行くなら鍵かけてポスト入れといてな。」
姫井はやっとの思いで片手を上げた。
程なくしてバタンと重い扉の音が聞こえる。どうやら本当に仕事に行ったらしい。今何時だか知らないが5時まで飲んで喋って飲んでピアノ弾いて飲んで喋ってと延々繰り返していたのに、なんてタフさだ。信じられない。絶対年上だと思うのに、ザルな上に体力おばけだ。
姫井は目の端で捉えたスマホにのそりと手を伸ばし、時間を確認する。まだ6時半だ。嘘だと思いたい。
じわりと涙が浮かんでくる。
秀一はこんな風に朝まで付き合わせたりしなかった。大抵秀一の方が先に寝てしまった。何度か声をかけて起こそうとしても彼は起きてくれなくて、もっとして欲しかったのにと不満を垂らすのが自分だった。寝かせてもらえないのがこんななに辛いなんて。
姫井は手にしたスマホで秀一の番号を呼び出した。随分久しぶりに見る番号だが、実はスマホが蔓延るこのご時世にこの番号を暗記するくらいには秀一のことが好きだった。人はそれをベタ惚れと言うのだろう。ただ自分だけが秀一にベタ惚れだったことに気付いていなくて、秀一の方が自分にベタ惚れだなんて思っていて、だから。
「シュウくん…!!」
姫井は今まさに溢れた想いを秀一に伝えるべく、通話ボタンを押した。
「ねぇ!ちょっともう無理!望月さん無理!!身がもたない!!シュウくんお願いやっぱ今日からまた泊めて~~~!!」
『無理。』
「えっ!?誰!?ちょ、シュウくん!シュウくん!!………切れた……」
今の声は誰だったんだろう。昨日のあの美人?違うと思いたいけどそうに違いない。またじわりと視界が滲む。ああもう本当に望みがなさそう。
と、なると。
「………ここにいるしかない…?」
つまりまた、昨夜のように呑んだくれて叩き起こされて無駄話に付き合わされて徹夜させられる毎日になるのだろうか。
「耐えられない…!!」
姫井は真っ青になって頭を抱えた。
仕事もあるし、仕事?仕事といえば今日月曜日じゃないか?ええいもう有休使ってしまえ!それよりここから脱出して行くところをなんとか確保しないと!
と、思ったところで、姫井の脳内に軽やかな浮き足立つような音色が響く。
これから未知の世界に行こうと言うあの高揚感を覚えるあの音。あれを奏でる横顔は見惚れるほどカッコよくて、まるでバッチリ加工済みの完成写真みたいに整っていて、なんなら大手写真共有サイトにあげたら物凄い数のイイネが飛んできそうなほど、とにかくカッコよくて。
「…ここに、いたら、あのご尊顔拝み放題…」
ニヤリと悪どい笑みを浮かべた望月の顔が浮かんだ気がしたが、それすらもカッコいい。あげた悲鳴は絶望の悲鳴か歓喜の悲鳴か、それは姫井本人にも分からなかった。
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