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Only one/9

ただいまと小さな声で呟いた姫井は、テレビ画面に視線を移す。そこに写っていたのは、色素の薄い髪をした綺麗な少年がピアノを弾いているところだった。 中学生、いや小学生だろうか。子供用のフォーマルなスーツに華奢な身体を包まれて、その少年は涼しい顔でその見た目にはそぐわない力強くダイナミックな演奏をする。かと思えば柔らかな花のように、ときに夜空を照らす星のように輝く音。この小さな身体のどこにそんなエネルギーがあるのかと戦慄さえ覚えるその姿に、テレビの映像だというのに姫井はただ圧倒された。 「………小学生だぜ、信じられるか?」 やがて演奏を終えた少年が一礼して、顔を上げた。その時気付いた。 彼は、秀一の新しい恋人だ。 「天才っているんだなと思ったよ。何度も同じコンクールに出たし大学も同じだったけど、一度も勝てたことない。勝とうと思ったことすらないね。今でもこの小学生を目標にしたいと思うくらいだ。」 はぁ〜あ、とわざとらしい大きなため息と共に立ち上がった望月は、ぐーっと身体を伸ばしてテレビを消した。 「あ〜〜〜…心が洗われる…最高…」 「…ねぇ、なんであの人カフェなんかやってんの?」 「そりゃお前、俺の口から言うことじゃねーよ。大人の事情だ大人の事情。」 「立派に自立してる社会人です!!」 「人ン家に1ヶ月も転がり込んでるような男は自立してるとは言えませーん。」 「ぐっ…」 これには姫井も黙るしかない。 ずっと居座るわけにはいかないし、そろそろ賃貸を探さなければと思っていたところだ。あわよくばいい関係になれたらそのまま、という最初の目論見は到底叶いそうに無い。望月は姫井に毛ほども興味がなさそうだ。女の気配もないが性欲を持て余している様子もなく、一緒に暮らしているのに姫井に迫る隙を与えない。心に決めた人でもいるんだろうかと思うくらいだ。 と、その時ピンと閃いた。 閃いてしまったが最後、姫井のお口はチャックが出来ない性質だった。ボリボリ頭をかきながらピアノの蓋を開けている望月を振り返り、姫井は思ったことをそのまま口にした。 「もしかしてあの人のこと好きなの?」 と。

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